馬の胎盤停滞の新しい対処法について 

はじめに
 分娩後の繁殖牝馬は、新たに誕生した子馬の起立を促したり、授乳したりと気が休む暇がありません。そんな中、繁殖牝馬には、分娩後のもう1つの大きなイベントである「後産」が待っています。この後産とは、妊娠中の胎子を包んでいた羊膜や胎盤などを子宮から排出させることです。分娩の時と同じ様に、後産でも周期的な陣痛が起こることで、胎盤の排出が促されます。通常、胎盤は分娩後30分程度で自然に子宮から剥離し、排出されます。この胎盤が剥離するメカニズムについてはまだ良く分かっていませんが、後産陣痛が弱かったり、異常分娩(早産や流産)だったりすると胎盤の剥離が上手く起こらずに「胎盤停滞」となってしまうことがあります。今回は、この胎盤停滞の対処方法について、昨年末にアメリカ・ラスベガスで行われたAAEP(アメリカ馬臨床獣医師会)の年次大会において、興味ある講演があったので紹介したいと思います。

  「馬の胎盤停滞に対する臍帯注水処置について」(Mark Meijer, DVM) AAEP PROCEEDINGS/2015/Vol.61/p478-484.
 オランダからの発表。馬の胎盤停滞の発症率は2-10%であり、特に異常分娩では高率に発症することが知られている。子宮内に固着した胎盤は剥がれるときに子宮粘膜を損傷したり、残骸が腐敗したりすることで、子宮内膜炎や蹄葉炎を引き起こし、不受胎の原因となる。通常、分娩後3時間を超えても胎盤が剥離し、娩出されない場合を胎盤停滞と呼び、オキシトシンの頻回投与による排出が試みられる。分娩後6時間を経過しても排出されない場合、用手での胎盤剥離が推奨されているが、無理に剥がすことのデメリットが大きい。
 演者らは、オキシトシン処置を実施しながらも6時間超過した胎盤停滞の147症例について、臍動脈あるいは臍静脈から水道ホースに弁を装着した自作の注水装置(写真1-A)を使用して、胎盤に水を注入することで(写真1-B,C)、停滞した胎盤に浮腫を起こさせ、剥離を促し排出させることを試みた。
 その結果、91%(135/147頭)の症例で、注水5-10分後に胎盤が娩出された(写真1-D)。排出されなかった12頭中8頭は、その後30分以内に排出され、残りの4頭は胎盤の一部が裂けてしまっていたため排出されない症例であった。症例馬たちに副作用は認められず、追跡可能であった12頭の馬はすべて妊娠も可能であった。

実際に試してみると
 帰国後、知り合いの獣医師に紹介したところ、さっそく流産で胎盤停滞を起こした症例に試していただく機会がありました。1例は、重種の双胎の流産例でした。流産後、片方の胎盤が24時間経過しても排出されなかったとのことでしたが、注水処置を実施し、10分後に軽く引っ張ったところ難なく排出されたとのことで成功した例でした。もう1例は、体位異常のため死産となった症例でした。胎子を整復して摘出後すぐに注水処置を実施したとのことでしたが、臍帯血が凝固していたため注水できず、胎盤を排出することができなかったとのことでした。このような症例には、本法は適さないと考えられ、今後の検討が必要です。
 本法を実際に実施するにあたっては、予め道具を準備しておくことが何よりも重要と思われます。北海道の寒い分娩シーズンで実施するには、お湯を使用する必要があります。現場では、お湯を入れたバケツから小さなポンプを利用して注水するのが実用的かも知れません。また、サラブレッドの繁殖牝馬は神経質なため、無理な注水はパニックを引き起こす可能性も考えられます。臨床現場での応用には、どの程度の注水が必要なのか、安全性を確かめながら更なる検討が必要と思われます。とはいえ、従来の用手剥離による胎盤停滞の処置よりもはるかに母体に優しく生産性の向上にとても役立つことは確かです。今後の発展が期待されるところです。

 胎盤停滞への注水実演の様子は、インターネット動画サイトで閲覧することが可能です(Nageboorte behandeling paard methode Zeddam: https://www.youtube.com/watch?v=mfjR-MTg6ng&feature=share)。是非、一度ご覧ください。

 
 写真1 注水用の道具(A)と注水による胎盤剥離の様子(B-D) (AAEPプロシーディングから引用)

(文責: 日高育成牧場 生産育成研究室 研究役 佐藤文夫 )
(馬事通信 2016.3.15号 掲載)


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