インフルエンザウイルスとエボラ出血熱ウイルス


 エボラ出血熱が西アフリカで流行しています。2013年12月頃、ギニアに住む2歳の男児に感染したのが流行の始まりと言われています。2014年6月頃から急速に感染が拡大し、2015年1月7日のWHOによるまとめでは、21,121名が感染し、8,304名が亡くなっています。
 この恐ろしいエボラ出血熱の原因は、エボラ出血熱ウイルスですが、日本の薬に効果があるということで評判になっています。しかも、富士フイルムという製薬会社というイメージの無かったフイルム会社というのも多くの人は驚かされたかもしれません。さらに、この薬、実は、抗インフルエンザ薬として開発されたものというから、エボラ出血熱ウイルスとインフルエンザウイルスって全く違うウイルスなのになぜ効くの?って、不思議に思われている方が多いと思います。
 そこで、少し、謎解きをしたいと思います。良い薬というのは、ターゲットだけに作用して、ほかには作用しない薬です。このことを「選択毒性(selective toxicity)」が高いと言います。タミフルやリレンザという薬は、インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼ(NA)蛋白の機能を阻害することでインフルエンザウイルスを増殖させないようにしています。
 もう少し、多くの細菌を殺すのが抗生物質ですが、1929年にFlemingによって青カビから単離されたペニシリンは、選択毒性がほぼ完璧なぐらい高い薬です。それは、ほ乳類の細胞にはなくて、細菌にのみあるものをターゲットにしているからです。そして、そのターゲットとは細胞壁です。ペニシリンは、細菌の細胞壁を架橋する目的で生合成されるD-Ala-D-Alaの立体構造に酷似しているため、細菌の細胞壁が架橋されなくなり、細胞壁を失った細菌は、浸透圧に耐えられずに死にます。このように、正常な細胞には影響せず、病原菌やウイルスのみに効果的な薬こそが「良い薬」ということができます。
 副作用というのは、「選択毒性」が低いときに起こります。最近ではいろんな抗がん剤が出てきていますが、抗癌剤の最初の出発点は、「癌細胞は、どんどんと増殖する」ということで、DNAの複製を止めると癌細胞は増えないという発想でした。また、癌は致死率が極めて高いことから、DNAの複製を止める抗癌剤が使われるようになりましたが、癌細胞以外にも免疫細胞など増殖する細胞はいくらでもあります。さらに、癌幹細胞は、増殖せずに潜んでいるということも解ってきて、DNAの複製を止めるだけでは癌幹細胞を死滅させることができないなどという問題も明らかになってきています。この場合、増殖する細胞は、癌細胞だけではないというところに大きな問題点があり、また、増殖しない癌幹細胞の存在という意味もあり、DNA増殖を止めるだけでは癌の根治にはならないし、副作用も強いという問題が出てきます。
 さて、インフルエンザウイルスとエボラ出血熱ウイルスの共通点は、何でしょうか?それは、RNAウイルスであるということです。RNAウイルスは、RNAをゲノムとして持っています。つまり、遺伝子の複製のためには、RNAからRNAを複製するRNAポリメラーゼが必要です。厳密には、エイズウイルスや馬伝染性貧血ウイルスのようなレトロウイルスは、一度DNAに逆転写されるのでRNAからRNAを複製することはありませんが、レトロウイルスを除くRNAウイルスは、RNAポリメラーゼという動物にはない酵素を持っています。DNA遺伝子をゲノムとして持っている生物は、すべて、セントラルドグマと言われますが、DNAからRNA、RNAからタンパク質が作られます。また、ゲノムの複製は、DNAからDNAですからDNAポリメラーゼが行います。抗癌剤はDNAポリメラーゼをターゲットにしているので、強い副作用も覚悟する必要がありますが、RNAポリメラーゼを特異的にターゲットとする薬は、RNAからRNAの複製は、正常な細胞では起こりえないので、「選択毒性」が高いということになります。
 エボラ出血熱の治療に使われたT-705(一般名:ファビピラビル、商品名:アビガン錠)という薬は、まさに、このRNAポリメラーゼの作用を特異的に阻害する薬なのです。T-705は、細胞の中で3リン酸がつき、RNAポリメラーゼに取り込まれて、RNA合成を阻害します。
 ところで、RNAウイルスは、インフルエンザウイルスとエボラ出血熱ウイルスだけではありません。エボラ出血熱ウイルスのみならず、ノロウイルス、ウエストナイルウイルス、黄熱ウイルスなどでも予防効果が期待できるという報告が出ています。
 ただし、動物実験で、胎児の催奇形性を誘発する可能性が指摘されており、妊婦での使用は禁止されています。
 RNAウイルスは馬でもやっかいな感染症を引き起こすウイルスとして存在しています。RNAウイルスは変異が激しく、宿主の壁を越えて感染症が広がることもしばしば起こっています。そのようなことを考えると、このアビガン錠が、馬の感染症対策にとって役立つ薬になる可能性もあります。

(杉田繁夫)


アビガン錠がインフルエンザウイルスにもエボラ出血熱ウイルスにも有効である理由
インフルエンザウイルスは、PA、PB1、PB2という3種類のタンパク質を作り、その3つのタンパク質が重合して1つの蛋白質となり、RNAポリメラーゼになります。一方、エボラ出血熱ウイルスは、L(大きいという意味)蛋白質がRNAポリメラーゼの機能を持っています。アビガン錠は、細胞にはいると3つのリン酸がつき、RNAのもととなる基質のように振る舞います。その結果、正常なRNA合成が阻害され、ウイルスのゲノムの複製やゲノムからmRNAへの転写ができなくなります。ところで、RNAからRNAを合成するRNAポリメラーゼは、RNAウイルスにのみある酵素なので、ほ乳類の細胞の増殖には影響しません。つまり、RNAポリメラーゼのみに作用する本剤は、極めて「選択毒性」が高い薬剤と言えます。作用機序を考えると、RNAポリメラーゼを持ったウイルスには、このアビガン錠が有効である可能性があります。


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