競走馬のウォームアップ効果について

 私は、自分の博士論文のテーマとして、主にウォームアップがその後の運動(実際の競馬ではレースに相当)時の酸素運搬に与える影響について調べました。サラブレッドの競馬ではレース前に“返し馬”と呼ばれるウォームアップをしますが、これはヒトに比べて運動時間が非常に短く、この程度の運動時間ではヒトではウォームアップ効果が十分に得られません。このようなサラブレッドの短時間のウォームアップが与える影響については、今までは調べられていませんでした。そこで実験を行い調べてみると、この程度のウォームアップでも十分に体温が上がり、レースを想定した運動中の酸素摂取が促進されることが分かりました。このことはレースにおいて爆発的なエネルギーを供給するうえで非常に有利であるといえます。このような運動刺激で十分なウォームアップ効果が得られることは、サラブレッドのもつアスリートとしてのすばらしい資質の一つといえます。その点から考えると、気性難などでレースの際に“返し馬”のできない馬はその時点で大きなハンデを背負っているといえます。たまにそのような馬が勝ち上がることがあるので、その馬のフィジカル能力は相当に高いと想像されます。
 ただ、私が中山競馬場の模擬レースで行った実験によると、レースに出走したことのある競走馬はゲートに入ると、まだ走ってもいないのに心拍数が1分間に170回程度まで上昇していることが分かっています。安静時の心拍数が30回ほどで、最大心拍数が220回程度なので、心臓自体は走っているような状態にあるといえます。この状態を作り出しているのはアドレナリンというホルモンであり、心拍数を高め、脾臓に蓄えている赤血球を血液中に放出する働きがあります。こうして、返し馬なしでもウォームアップ効果が多少得られている可能性はあります。確かに野生の世界では、「ちょっと待って。まだ返し馬が終わっていないから」といっている間にライオンに捕まってしまうので、これは草食動物である馬が進化の過程で手に入れた能力の一つなのでしょう。
 このように私は他の動物になくてウマという動物に特有な運動生理学的な特徴について調べました。今後はもっと細かく調べ、「競馬で優秀なサラブレッドは、他の馬と何が違うのか?」ということを知るきっかけになるような研究ができれば、やりがいも覚えきっと楽しいであろうと考えています。

(向井和隆)


(中山競馬場での模擬レース)
この時すでに馬の心拍数は170回/分まで上昇し、レースへの準備ができている。


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