創傷治療について

 御存じの方もいると思いますが、最近、ヒトの医療や一部の獣医療において、創傷(キズ)の処置法について従来の常識とは180度異なる対処法が推奨されています。湿潤(うるおい)治療です。この理論におけるキズの手当の基本は、水できれいに洗って、消毒はせず、創面を湿潤状態に保つこととあります。水は殺菌した水である精製水や蒸留水を使うのではなく、水道水でよく洗うのです。その後、グルコン酸クロールヘキシジン等が入ったよくある消毒液で洗ったりせず、殺菌効果のある成分が入った軟膏等も付けずに、ワセリンやラップで創を覆う、あるいは市販の湿潤治療用被覆材を使うのが良いということです。消毒は殺菌のためには正当な行為とも思えますが、同時に適用された組織に対する毒性もあり、感染に対する免疫も弱めてしまうのです。一般的にキズを乾燥させると擦過傷等は痂皮(かさぶた)ができるが、この痂皮形成する状態が良くないようです。キズを湿潤状態に保っておくと痂皮はできません。しかしキズはきれいに治ります。別に宣伝するわけではありませんが、興味のある方は以下のホームページをどうぞ。

 新しい創傷治療
 http://www.wound-treatment.jp/

 我々は馬のキズの処置をするときに通常この「消毒」を行う、というか自分の知る限り消毒をしない人を見たことがありません。消毒の前には水でよく洗い、キズの周りの体毛を剃り、キズの状態が良く見える状態にしておきます。消毒後、必要があれば、キズにくっつかないガーゼをあてて圧締包帯するというやり方です。人のうるおい治療の良さはよく理解できますが、動物は体毛があり絆創膏の類は貼り付けにくいのです。また馬にもよりますが、包帯を巻いたりした場合にそのまま包帯が取れないようにしておいてくれる利口な馬ばかりではありません。言い聞かせて安静に保ってくれるなら苦労はいりませんが、放牧に出そうものなら包帯は擦れ、キズは汚れた状態になります。こまめに手当するのも正直大変ですので、何も創面に当てないいわゆる乾燥療法を行うこともしばしばです。大概の場合はこれでも問題なくキズは直ります。余計なことはしなくても治癒するのです。
 問題が起こるのは、縫合が必要なキズの場合です。皮下に達しているようなキズの場合を指して言っているのですが、縫合して上手くつかなかった例は多く見られます。きっちり縫合して皮下組織からの滲出液が縫合創の下に貯留している場合はまずつきません。一見ついているようでもちょっとしたストレスで縫合部ははじけます。縫合技術の良否ではなく、やらない方が良いことをやっているのかも知れません。消毒や縫合そのもののことです。
 これは私の数少ない経験ではありますが、馬が放牧中に打撲して皮下血腫ができることがあります。出血が落ち着いたところで中の血だまりを取り除くべく血腫部位を大きく一刀に切開します。よく圧して血だまりを排出した後は、切開創を再縫合したりせずそのまま放置します。普通に水道水で手入れをしても大丈夫、1ヶ月もすれば切開創はわからなくなり、血腫部位は多少の盛り上がりを残していることもありますが、その後は時間とともに平坦になっていきます。余計なことはしなくても治癒するのです。
 牡馬は去勢されることがあります。睾丸を摘出してしまうのです。この施術後の術創管理もまた問題となることがあります。去勢術は、腹腔と睾丸を結ぶ精索を挫滅して睾丸を切り離すのが従来からの一般的な方法ですが、最近はこの精索をねじ切る方法(痛そうですが)が出血もしないし、簡単な方法として当研究所でも用いられています。問題の術後管理方法ですが、毎日毎日、ポピドンヨード入りの殺菌消毒液で術創を消毒し、創内に貯留している血液等を排出させる方法があります。前述の消毒薬の功罪を考えれば虐待行為といっても過言ではないかも知れませんが、かつては自分も行っていました。一方、術創を術後翌日からジャバジャバと洗い、余計な消毒も何もしなかった場合でも、トラブルが起こった経験は少ないのです。股下は汗もかくし、馬房で寝れば寝藁が付着したりと術創は兎角汚れる状況なので、水道水で毎日きれいにしてやるのは考えてみれば当たり前のことかも知れません。ちなみに日本の水道水はかなり衛生的であり、キズ洗浄用としても充分なものであるようです。
 常識は常に覆されるためにあります。正しい根拠はないのに慣習的に行われていることは何も医療行為に限ったことではありません。たまには常識を疑ってみるのも必要なことかも知れません。

(冨田篤志)



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