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インフルエンザはインフルエンザウイルスによって引き起こされる急性の呼吸器感染症ですが、その病態には細菌も大きく関わっています。私は現在、JRA競走馬総合研究所栃木支所微生物研究室という主に馬の細菌感染症を研究する部署に勤務しています。しかし、昨年の馬インフルエンザ流行時には、栗東トレーニング・センター競走馬診療所に勤務しており、流行の現場を直接体験いたしました。そのとき、インフルエンザ感染症においては細菌感染にも注意が必要であること実感する経験をいたしましたので、ここでご紹介します。
昨年の馬インフルエンザ流行時に観察された主な症状はヒトと同様、発熱、咳、鼻水でした。発熱の程度は平均39℃でしたが、中には42℃を示す例も僅かながら見られました(競走馬の平均体温は38℃で、一般的には38.5℃を超えると発熱とみなされます)。発熱馬に対しては、補液などの治療を行いました。この流行で、各馬の治療に要した日数は平均1.6日間であり、長いものでも5日間ほどで加療を終了することができました。このように、昨年の馬インフルエンザ流行における発熱等の症状は概ね軽度であったものの、一旦、解熱して治療を中止した後に、再度、発熱する症例が多く認められました。栗東トレーニング・センターにおいて、馬インフルエンザの流行時期であった8月中旬から8月末までの間に、発熱してインフルエンザの検査でウイルスが検出された馬は約170頭いましたが、そのうちの約20%に再発熱が認められました。
これらの馬では、一旦熱が下がって治療を終了してから1〜8日(平均4.6日)後に再度発熱がみられ、中には2度3度と発熱を繰り返す例も見られました。過去の競走馬総合研究所栃木支所での研究成績やヒトでの研究報告から考えると、これらの再発熱は細菌の二次感染(最初にある病原体による感染が起こった後で、別の病原体による感染が起こること)によるものである可能性が極めて高いと判断されました。そこで、これらの症例では抗生物質による治療を早くから実施しました。その結果、一次感染のみで良化した症例よりも長い治療日数は必要でしたが、重症に陥る例はありませんでした。
一方、ウマにおいて細菌感染によって起こる炎症の程度を判断するための指標としてSAA(血清アミロイドA、Serum Amyloid
A)という物質があります。ウマの体の中に細菌感染による炎症が存在すると、このSAAという物質の血液中濃度が上昇します。昨年の馬インフルエンザ流行のときにも、治療の参考とするため、血液中SAAの濃度測定を実施していました。その測定結果をみると、インフルエンザ流行時期に発熱した約200頭(検査でインフルエンザウイルスが検出された馬、されなかった馬双方を含む)のうち概ね25%がSAA高値と判断される値(30μg/ml
以上)を示しました。この成績からもインフルエンザ感染症においては多くの馬が細菌の二次感染を起こしている可能性が強く示唆されました。しかしながら、SAAの測定結果とインフルエンザウイルスに対する検査結果とをあわせてみると、SAAが高値を示した馬の割合が、ウイルスが検出された馬では約20%であったのに対し、検出されなかった馬では約40%という成績が得られました。この成績から単純に判断すると、SAAが高値を示した馬、すなわち細菌の二次感染を起こしていた馬の割合は「インフルエンザウイルスが検出された馬よりも検出されなかった馬で明らかに高かった」ということになります。この成績は、インフルエンザ感染馬では細菌の二次感染が起こりやすいという現象と矛盾するように感じられますが、次のように解釈することができます。インフルエンザウイルスの検査は、鼻汁(鼻の粘液)を用いて行われます。また、馬インフルエンザでは、鼻粘膜からウイルスが排泄される期間は、ウイルス感染後6日頃までであることが、過去の実験結果から明らかになっています。一方、昨年の流行では、治療終了から再発熱までの日数は平均4.6日間、治療に要した日数は平均1.6日間でした。これらの日数から推察すると、再発熱の時点では多くの馬が感染から平均6.2日以上が経過しており、すでにウイルス排泄時期を過ぎていたということになります。反対に、ウイルスが検出された馬はインフルエンザウイルスが感染してからあまり時間が経過しておらず、細菌の二次感染が始まっていなかったと推察されます。以上のような理由から、インフルエンザでは細菌の二次感染が起きやすいにもかかわらず、細菌感染による炎症を示すSAAの値は、ウイルスが検出された馬において低値の馬が多く、検出されなかった馬において高値の馬が多かったと考えられます。
実際、昨年の流行において、インフルエンザ感染馬の気管支鏡検査(細長いカメラを用いて、気管から気管支の中を覗く検査)を実施したところ、細菌性の肺炎を示唆する膿の様な粘液が多量に貯留しているところが観察され、気管支肺胞の洗浄液からは肺炎の原因となる細菌も分離されました。この細菌は通常は扁桃腺に住んでおり病気の原因とはなりませんが、インフルエンザウイルスなどによって気管支などの細胞にダメージが加わると、ここに侵入・増殖して細菌性の気管支炎や肺炎を引き起こします。さらにヒトの研究においては、細菌が産出する酵素が、インフルエンザウイルスの感染を鼻や喉から気管・気管支、さらに肺へとひろがりやすくさせる現象も報告されています。つまり、インフルエンザ感染症においては、変な言い方ですが、ウイルスと細菌とがお互いに助け合いながら病状を重くしていると言えます。
以上のようなことから、馬インフルエンザの治療においては病状をよく観察して、適切な時期に抗生物質の投与を開始し、熱が下がった後も、しばらく休養を続けさせるとともに抗生物質の投与を継続して、細菌性の肺炎を併発させないようにすることが重要であると言えます。
(奥河寿臣)

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