達人の道具:ミクロトーム編

 病理学に携わる研究者にとって、なくてはならない道具の一つにミクロトームがあります。ヒトや動物などの組織を顕微鏡で観察するためには、試料を均一かつごく薄に切り出し、染色をしてプレパラート標本を作製する必要があります。ミクロトームはこの一連の過程のうち“薄く切る”ための道具で、簡単に言えば料理のときに使うスライサーみたいなものです。しかし、この “薄く切る”ことが、簡単そうで実はすごく難しいのです。通常の顕微鏡で観察する場合、厚さは4〜6μm(1μm=1/1000 mm)程度になるように薄切しますが、標本が厚すぎるとうまくピントが合わず、薄すぎても染色性が悪いため観察しにくくなってしまいます。
 ミクロトームの使用法は、右手を前後にスライドさせるという動作を単純に繰り返すだけです。しかし、切れてくる試料の厚さは、そのときの温度や湿度によって敏感に変化します。そのため、達人たちは試料をあえて冷蔵庫で冷やしたり、切る瞬間に試料に息を吹きかけたりして切る厚さを微調整するのです。硬くてなかなか上手く切れないような試料などの場合、時には熱々のコーヒーを飲みながら自分の吐息の温度と湿度を上げたりすることで上手く切れる場合もあります。また、“均一に切る”ためには右手を動かすスピードを一定にしなければなりません。途中でスピードを変えると、明らかに厚みが変わり、時には段差が出来てしまうからです。
 このため、ミクロトームを使って試料を上手に切れるようになるまでには、相当の経験と技術が必要となります。筆者がはじめてこのミクロトームに触れたのは大学5年生のときでした。当時は病理学研究室に入室したばかりで、毎日のようにこのミクロトームを使って標本を作製していました。作製した標本を自分で見るだけなら少々雑でも構わないのですが、作った標本を最終的に教授が観察して病理診断を下すので、最初の一年間はよく再提出を命じられたのを覚えています。
 これまでに述べたのは通常の顕微鏡用の標本を作製するためのミクロトームですが、ミクロトームにはもう一つ“ウルトラ”ミクロトームというものがあります。これも同じように試料を薄く切るための道具ですが、電子顕微鏡で観察するための試料を切るもので、厚さが20〜50 nm(1nm=1/1000,000 mm)とさらに薄く切らなければならないため、ダイヤモンド製のナイフを使います(通常のミクロトームの刃はステンレス製)。このダイヤモンドナイフは大変高価で、一つで数十万円から高いものでは数百万円くらいするものもあります。もったいないですが、このダイヤモンドナイフ、ちょっとでも傷が入ってしまったら上手く切ることが出来ないため新しいものと交換しなければなりません。

(村中雅則)


図1. ミクロトーム




図2. ダイヤモンドナイフ



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