馬の伝染病の病原体を電子顕微鏡で見る

 JRA競走馬総合研究所栃木支所では、馬の伝染病について、診断や予防法の開発および発病メカニズムの解明などの研究を行っています。一般的に伝染病などの感染症はウイルスや細菌などの病原体が消化管や呼吸器などから体内に侵入して増殖することにより、様々な症状を呈して発病します。この様な感染症の治療、防疫のためには病原体の分離ないし同定の必要があります。このための検査法としては血清学的、遺伝子学的および形態学的検査法があり、これらの検査成績を総合してどの病原体による感染症であるかが判断されます。
 本文では病原体を形態学的に同定する検査方法について説明します。一言で簡単に言うと、電子顕微鏡を使用して、大きさ数μm(1μmは1/1000mm)〜数十nm(1nmは1/1,000,000mm)の病原体を、数万倍から数十万倍の高倍率で観察して形態学的特徴から同定する方法です。実際に行う手技ですが、先ず病変の見られるサンプルを培養して、ウイルスや細菌などの病原体を増やします。次にウイルス感染症の場合は、培養液などの中に放出されたウイルスを遠心器で数万〜数十万回転の比重遠心により濃縮します。これをネガティブ染色と言う方法で処理して、透過型電子顕微鏡で観察します。実際には、濃縮されたウイルス液を薄いプラスチック膜が貼られた直径3mmの銅製メッシュの上に滴下し、しばらく静置した後、水分を濾紙でメッシュ辺縁から静かに吸い取ります。ウイルスは、メッシュのプラスチック膜の上に散らばった状態で取り残されます。これに燐タングステン酸ナトリウム液などの重金属染色液を再び静かに載せて、同様に濾紙で静かに吸い取ります。そうするとプラスチック膜とウイルス、あるいはウイルス表面の突起構造の隙間に染色液がわずかに残ります。これを電子顕微鏡にセットして、鏡筒上部の電子銃から細く絞った電子ビームを下方のメッシュに照射すると、重金属の染色液が残っている間隙部分やウイルス周辺は電子が通過できませんが、染色液がないそれ以外のウイルス部分などは電子が通過できます。そしてその下に蛍光版を置くと、ウイルス表面の凹凸構造などが影として観察できます。ウイルスが染色液で染まって黒くポジティブに見えるのではなく、周囲に残存している染色液が均一に黒く見えている中にウイルスの表面構造が抜けている構造をネガ状態で見る方法ですので、ネガティブ染色といわれ、非常に微細な部分や構造を識別できます。
 下の写真は、2007年8月にわが国で発生した馬インフルエンザの感染・発症馬の鼻粘膜の拭い液から分離されたウマインフルエンザウイルスをネガティブ染色し、電子顕微鏡で観察したものです。ウイルスは直径約100nm、表面には鼻や気管の粘膜細胞にウイルスが感染あるいは放出される際に重要な役割を担っているスパイクが多数認められます。

(片山芳也)


ウマインフルエンザウイルスの電子顕微鏡写真



Back