海の男は「一本釣り」?

 タイトルを見る限り漁業の話かと思うかもしれないが、そうではない。遺伝子の検索についてである。我々研究者、特に分子生物学や分子遺伝学を対象に行っている者は、日々、如何にして「ゲノム」と呼ばれる大海原(おおうなばら)から、効率的に目的とする「遺伝子」という名の高級魚(本マグロ?)を釣り上げるかに命をかけている。日頃、研究室の中でのみ活動しているので、ひ弱に感じるかもしれないが、一応、「海の男」である。
 さて、研究室内の海の男が目指す「高級魚」であるが、それは、馬が病気になるかならないか、馬の毛色が何色になるかなどの生体の特徴と関わりのある遺伝子を指す。
 「大海(ゲノム中)に釣りたい魚(遺伝子)は数あれど、目指す魚は本マグロ」と、言ったところであろう。
 では、如何にして本マグロを釣り上げるかであるが、今までは、いわゆる「一本釣り」的な方法で行ってきた。例えば、馬の毛色では、「ユキチャン号」で知られる白毛にはKIT(キット)と呼ばれる遺伝子が関与していることが分かった。これは、マウスなどの他の動物での白毛に関する情報から、馬においても同じ哺乳類ということで、その関与の可能性が考えられ、一発勝負?ということで、このKIT遺伝子(本マグロが遊泳しそうな場所)に狙いを定め、見事に成功した(釣り上げた)事例である。一方、人間の白髪を見てみると、同じ様に白いので(本当は違う)、人でも同じようにKIT遺伝子が関与しているのではないかと考えることができるかもしれないが、両者に関係は認められず、「一本釣り」は失敗に終わる。この「一本釣り」による遺伝子の検索は、設備投資などに費用をかける必要が少ない半面、多くの蓄積された情報や経験が必要になり、また、成功するかしないかは「運」によるところも大きい。まさに、遺伝子の「一本釣り」であり、業界用語では、これを、候補遺伝子アプローチと呼ぶ。
 ここにきて最近注目されているのが、「巻き網漁」による遺伝子の検索である。この方法は、「一本釣り」とは異なり、SNPチップ(スニップチップ)と呼ばれる大きな巻網を用いて、とりあえず、一切合切、候補となりうる遺伝子(魚)をゲノム全体(大海原)から取ってしまう方法である。詳細は省くが、この方法では、ゲノム全体に存在するSNP(一塩基置換)と呼ばれるマーカーを用いて、統計解析により目的とする遺伝子を検索する。始めからゲノム全体を対象としているので、「一本釣り」の様な漁場(魚の遊泳情報)の見落としによるミスはない。また、特定の分野への精通(経験)も必要ない。まさに、遺伝子の「巻き網漁」である。業界用語では、これを、Genome-Wide Association Study(全ゲノム関連解析)と呼ぶ。この方法ができるようになった背景には、人と同じように、馬の全ゲノムが解読されたことによるところが大きく、今後は、馬の研究でも、この方法での遺伝子の検索が大いに進むと考えられる。
 「巻き網漁」には多数の船員、大網や大きな漁船などの設備投資が必要であるのと同じように、全ゲノム関連解析においても、専用の解析機器を揃えるといった設備投資が必要となる。諸外国の馬関連の研究施設では、既に機器を揃えているところもあり、諸外国に高級魚(有用な遺伝子やその特許)を全て持っていかれる前に、国内の馬研究施設でも「巻き網漁」を行うべく、積極的に機器の整備を進める必要があるかもしれない。

 研究室の中の「海の男」はいかがでしたか?

(戸崎晃明)

(絵・廣田桂一)



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