英国滞在記 1

 2009年8月15日より1年間、英国ロンドンにあるNational Institute for Medical Research (NIMR)(写真)に、インフルエンザウイルスに関する研究の目的で留学しております山中です。一般に、バイオサイエンスの世界の中心は、なんといっても米国です。実際に、文部科学省の資料によると出版された学術論文数の国別シェアは、米国がダントツの1位です。したがいまして、日本人の感覚で留学といえば、主に米国というイメージがあるのではないでしょうか?なぜ、英国の研究所を選んだのか?これは、研究テーマの詳細に関わっていますので、後回しにさせていただいて、今回は、筆者が現地に到着して1ヶ月間で、経験し考えた英国について徒然に紹介させていただきます。
 筆者は、小学生2人および生後10ヶ月の赤ん坊の3人の子持ちですので、何はともあれ、住む場所の確保と子供の学校探しが、自身の研究の立ち上げと同じぐらい重要な課題となります。留学先は、大学ではありませんので寮はありません。そこで、到着後早々に、不動産屋さんめぐりをしました。これはパスポート、入国ビザおよび家賃2月分の現金さえ持っておれば、何とかなります。しかし、ロンドンの家賃はとても高いのです。一説には、東京の1.5倍高いと聞いたことがあります。また、英国の住宅事情について、おもしろいのは、地下鉄の駅などの近くは家賃が安く、郊外になるほど高いことです。基本的に、便利さよりも閑静さを好む国民性だからだと思われます。ただし、自家用車を持っているからこそ出来る話ですが・・・。 
 次に学校についてです。昨今の世界的な経済の後退のため、公立学校の人気が高く、自宅から通わせ易い学校に入学させるには、運と粘り強い交渉が必要です。最悪の場合、いつまでも待たされたあげくに、遠い学校に廻されることもめずらしくないようです。遠い学校に廻されると、せっかく、買物や通勤に便利なところに住居を定めても、結局、子供の送迎のために、自家用車を購入する必要が生じ、生活コストに跳ねかえってきます。ちなみに、英国では、学校に子供を送り迎えするのが保護者の義務です。そこで、筆者も必死な形相をして、近所の学校の校長先生にアポをとっては面接し、やっと4校目に受け入れてくれるところが見つかりました。お蔭様で、自宅待機させられることもなく、通勤途中の便のよい学校に通わせることとなりました。
 次の大きなテーマは、銀行口座の開設です。英国で銀行口座を開くことの大変さは、日本の比ではありません。しかし、これがないと、固定電話の回線が引けませんので、ADSLも引けないですし、TV license(日本の受信料の領収書みたいなもの)も買えないので(いずれも、日本で発行されたクレジットカードは、使えなかった)、その結果、テレビを買うこともできません(TV licenceを提示しないと売ってもらえない)。英国は、ブロードバンドの普及が先進国の中でも遅れているそうですが、最近になり、ようやく、ロンドン市内では24mbpsのADSLが普及するようになりました。ブロードバンドの普及が遅れている割には、英国はインターネットがないと生活できないと思うぐらいのインターネット社会です。そもそも、インターネットに接続したパソコンとプリンターなしでは、入国ビザの申請すら無理でしょう。そこで、住居が定まったと同時に、ある銀行(昨年破綻し、公的資金の注入を受けている銀行の一つ)に、口座の開設に行きました。するとスーツを着た(日本では当たり前ですが)、さわやかな感じの青年の銀行員が対応し、「なぜ、この銀行を選んだのか?」と聞いて来ました。「家に近いから」と答えましたら、「筋が通ってる(It makes sense to me.)」との返事が帰ってきました。「おう、そうか。でも、妙なことを客に聞くなあ?」と思っておりましたら、「あなたの住所を証明する過去6ヶ月間の公共料金の請求書を見せてください」と言ってきました。英国に来て1週間そこそこしか経たない人間に、過去6ヶ月の公共料金の請求書なんかあるはずがありません(あらかじめ、世間話の中で、日本から着たばっかりだと言ってあるのにですよ!!)。「この国に着いたばかりの私にそんなことはできない。何か他の方法はないのか」と言いましたが、「んのぅーっ」 との連れない返事。さらに、「他の銀行も、同じようなものですよ」と、ご丁寧に留めを刺されてしまいました。テレビなしで、インターネットはプリペイド(こちらでは、Top-upという)式の携帯電話のダイアルアップで、1年間凌ごうと思えば出来なくはないでしょう。しかし、子供にもテレビを見せてやりたいし(私も見たい)、それに動画をダウンロードしたらあっという間にお金はかさむし、遅くてイライラするのも如何なものかと悩みました。それに、このまま負け犬でいるわけにはいかないとも思い直し、一旦、さわやかな銀行員とつくり笑いで握手した後、そのまま道路を挟んで向かいの他の銀行に行きました。ここでは、20分以上待たされましたが、日本の銀行では有り得ないぐらいのラフな服装をした女性行員が、ざっくばらんな感じで対応してくれました。事前に知っておればよかったのですが、その銀行では僕のような英国に着いたばっかりで、英国でのcredit historyが全くない人用の当座預金口座を用意しています。パスポート、入国ビザ、そして日本の住所を証明するもの(写真付のものでないと駄目だが、日本の国外運転免許証でOK)で開設できます。筆者の研究室にいる外国人(もちろん、英国人以外)たちに、そのことを話すと、その存在を知らなかったようで驚いていました。何でも、数年前に、外国人学生の銀行口座を使った資金洗浄が摘発されて以来、もともと難しかった外国人による新規口座の開設が、さらに難しくなったようです。また、これは後で知りましたが、英国では、国内に一人一つの口座しか開くことができず、また、住居か職場に近い支店でないと口座を開いいてはいけないそうです。これで、やっと、なけなしの現金を家に保管しなくてもよくなりました。
 以上のような経験を通じて、異国で生活を立ち上げることの大変さをしみじみ感じ入りました。近年になり、日本にも南米等の国から、家族連れで働きに来る人たちが多くなりました。日本にいるときは、全く無関心だったのですが、今となっては、彼らの努力や異国で働くという心意気に敬意を払いたいと思っています。筆者の子供たちも、学校で外国語で行われる「ちんぷんかんぷん」な授業を受ける大変さを身をもって体験し、あらためて日本にいる外国人のクラスメートの苦労に感心しています。

(山中隆史)


National Institute for Medical Research (NIMR)



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