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競走馬総合研究所では年に2回、馬学講座を開講しています。取り上げる話題はその都度違っていますが、当研究所の研究成果や内外の事情などを織り込んだ、馬に関するおよそ1時間のレクチャーを所員がしたあと、施設見学、乗馬や馬車の試乗ができるというプログラムで、毎回多数の皆さんにご参加いただいています。17回目となる今回は、「遺伝子からみた馬の毛色」と題して、筆者が講師を担当しましたので、内容のご紹介とともに反省点についても書いておきたいと思います。
「毛色」は文字通り「毛の色」ですから、「けいろ」のことなのですが、競馬の世界では「もうしょく」と音読みします。現在、日本で登録されるサラブレッドの毛色は「栗毛」「栃栗毛」「鹿毛」「黒鹿毛」「青鹿毛」「青毛」「芦毛」「白毛」の8種類あります。また、他の品種や在来馬などにしかみられない毛色を含めると、世界中の馬の毛色は100種類ほどもあると言われています。また、馬の毛色に関する遺伝は非常に古くから研究されており、芦毛馬は両親の少なくとも一方が芦毛である(芦毛の法則)、両親が両方とも栗毛であれば栗毛しか生まれない、などの遺伝様式が知られています。このことから、軽種馬を登録する際には、血液型やDNA型による高精度な親子判定法が導入される以前、親子関係を判定するための重要な情報とされていました。
馬に限らず、脊椎動物の身体で作られる色素は、メラニンと総称されます。いわゆるメラニン色素と呼ばれるものなのですが、生体内ではアミノ酸の一種であるチロシンをもとに、いくつかの化学反応を経て合成されます。このメラニンが多く合成されれば、色が濃く、黒っぽくなりますが、合成されなければ白くなるということです。また、メラニンには大きく分けて2種類あり、黄色っぽいメラニンをフェオメラニン(黄色メラニン)、黒いメラニンをユーメラニン(黒色メラニン)と呼んでいます。被毛や皮膚の色素を作る色素細胞が、黒色メラニンを合成するためには、脳下垂体から分泌されるα-色素細胞刺激ホルモン(α-MSH)というホルモンが作用する必要がありますが、栗毛の馬ではこのホルモンと結合して信号を受け取る、MC1-Rという名前の受容体の遺伝子に変異があり、黒色メラニンを作らせるための信号が伝わらないため、黒い部分がありません。一方、ASIPという蛋白質は同じ受容体に結合して、α-MSHの作用を妨害するため、ASIPが作用すると黒色が薄くなります。鹿毛の馬ではこのASIPが身体の部位によって働く場所(体幹部)では明るい色に、ほとんど働かない場所(長毛や肢端)では黒くなるのです。また、青毛の馬ではASIPの遺伝子に変異があって機能しないために、α-MSHが全身の色素細胞で働き、全身が黒くなるのです。栃栗毛を含む栗毛、黒鹿毛、青鹿毛を含む鹿毛、そして青毛という3種類の基本毛色の遺伝が、この2種類(MC1-RとASIP)の遺伝子に生じた変異で説明がつきます。
これに対して芦毛や白毛はさらに別のしくみが関係していることがわかりつつあります。特に芦毛については原因となる変異が明らかになりました。2008年に発表された論文によれば、馬の第25番染色体という31対ある常染色体の中でもとても小さい部類の染色体に起こった変異により、毛根で色素細胞になるはずのいわば幹細胞である色素芽細胞が通常より早く分化・分裂するために、生後まもない時期から毛根の色素細胞が枯渇しはじめ、年齢とともに白い毛が増えてきます。驚いたことに、世界中のあらゆる品種の芦毛馬が同じ変異を持っていることもわかりました。一方、白毛の場合は、色素細胞の分布と生存にかかわるKITという遺伝子に変異を持つ個体が多いことがわかっていますが、白毛馬のKIT遺伝子の変異は一通りではなく、まだまだわからないことが多いと言えます。
概略、このような内容でお話をしたのですが、大きな反省点としては事前にあらかじめ何人かの人にスライドを見ていただき、説明の仕方や話の筋道について、もっと助言をいただけばよかったということがあります。というのも、そもそも遺伝子や細胞レベルでの説明をするといっても、上に書いたような内容ですから、生物学の詳しい知識がなければ理解しにくいのが当然で、下手をすれば質問すら出ない可能性もあったのです。スライドがたくさんあって、馬がきれいに見えたところで、説明の方はお腹いっぱい、ではせっかく講座を聴いていただいた甲斐がありませんからね。もし、次回また、同じテーマでも、あるいは別のテーマでも、お話しするような機会があれば、事前の準備をしっかりした上で、もっとわかりやすい話し方ができるようにしたいと思います。
(長谷川晃久)

図1 サラブレッドの基本毛色(鹿毛、青毛、栗毛)は2つの遺伝子で決まる
各遺伝子の記号は大文字(E(MC1-R)、A(ASIP))が野生型、小文字(e(MC1-R)、
a(ASIP))が機能を失った変異型を示す。

図2 公開講座の様子
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