ディープインパクトの心技体 4

楠瀬 良(JRA競走馬総合研究所)

 2005年、日本の競馬はディープインパクト一色だった。競馬を知らない人でも、その名前は知っているという点で、この馬の存在は一種の社会現象ともなったといえよう。
 日本の競馬界は今まで多くの名馬を生み出してきた。しかし、特定の競走馬の存在が社会現象ともいえるほど世間から注目されたのは、数えるほどしかない。
 ハイセイコー。1972年、地方競馬の大井競馬でデビュー。6連勝後中央競馬に移籍し、皐月賞を含めて4連勝してダービーに臨んだが、3着に敗れた。ハイセイコーは一冠馬にすぎないともいえるが、今でも多くの人の記憶に残っている。この馬が活躍したのは、戦後高度経済成長期で、人々は将来は光に満ちていると感じていた。そうした社会背景がハイセイコーを立志伝中のヒーローに仕立て上げたのかもしれない。
 オグリキャップ。この馬も地方競馬(笠松)出身で、もちろん強い馬だったが、その出身がヒーローとしての大きな要素となった点ではハイセイコーと似ている。オグリキャップを伝説のヒーローとして決定づけたのは、天皇賞6着、ジャパンC11着と破れていった最終シーズンの有馬記念での復活ドラマといえる。この馬が活躍したのは1987年から1990年の4年間。時あたかもバブル経済のピークに近く、世の中は浮き立ち、その浮き立ち具合が、オグリキャップの活躍に重なって見える。
 さてディープインパクト。父は偉大な種牡馬サンデーサイレンス、名門ノーザンファームで生産され、エリートとして教育を受けてきた。池江厩舎に所属し、手綱をとるのは武豊。まさに完璧な環境といえよう。雑草育ちがつけ入るすきも無い。現在、日本の社会は流動性が失われ、格差社会になりつつあるとする識者も多い。ディープインパクトはそうした現代日本社会を反映していると見えなくも無い。
 しかし世界の頂点に立つには、この完璧さが不可欠なのかもしれない。

(平成18年6月23日 スポニチ掲載)


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