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栃木支所分子生物研究室長 松村 富夫
研究室紹介ですが、いきなり京都競馬場の話題。京都競馬場といえば、白鳥(スワン)と答える方も多いのでは。スタンド(グランドスワン、ビッグスワン)、GII競走(スワンステークス)あるいは競馬場無料ファンクラブ(スワンメンバーズ)の名前にもスワンが使われています。内馬場内の池を、天皇賞・菊花賞時等の大歓声にも我関せずで優雅に泳ぐ白鳥(黒鳥も混在)が京都競馬場のシンボルだからです。この白鳥たちに、数年前危機が迫っていたことはご存知でしょうか?全羽捕獲隔離され自由に泳げなくなる危機が。まだ記憶に新しいと思いますが、京都府下で発生したトリインフルエンザが元凶でした。来場される数万のファンの方々の安全を守るべき競馬場として、白鳥たちの存在を危惧したのです。原因ウイルスは野鳥が運び、また感染したトリと接触したヒトも持ち運びます。競馬場の白鳥たちは、外出して野鳥に会いに行くことはありませんが、野鳥たちは入場料も払わずに自由に競馬場に遊びに来ます。その中に感染したトリが混じっていれば、白鳥たちも感染し、その後はヒトあるいはウマへ、という最悪のシナリオが想定され、その対策案の一つとして全羽捕獲隔離案が浮上したのです。
当研究室では、競馬を中止に至らしめるような伝染病の発生が起きないように、ウマのウイルス研究を実施しています。当然その中には、30年以上前ではありますが、中央競馬開催を2ヶ月間中止に追い込んだウマインフルエンザウイルスの研究も含まれています。動物種は違えど同じインフルエンザウイルスということで、関係部署を通じて上記白鳥問題に関する相談が持ちかけられました。彼(敵)を知り己を知るは孫子の兵法。伝染病との戦いにもあてはまります(百戦危うからずとはいきませんが)。ウマのウイルスをよりよく知るために、他の動物ウイルスについても勉強はしています。その時点で得られている情報から、万一白鳥が感染したとしても、1)白鳥等の水鳥は鶏と違い感染してもバタバタ死ぬことはない(白鳥の不審死続発というニュースにはならない)、2)感染したトリと濃密な接触がない限りヒトは(恐らくウマも)感染しない(来場者や競走馬が白鳥と直接接触することはない)、3)感染したヒトやウマが咳をして空気中にウイルスをばらまくのとは違い、感染したトリは腸管からウイルスを排出するため、空気中にウイルスが飛散する可能性は極めて低い(来場者が衣服等に付着させてウイルスの運び屋になる恐れは低い)、と返答しました。当然リスクゼロとは言えませんが、この世にトリが居るかぎりリスクゼロはありえません。ゼロには成りえないにもかかわらず、極めて小さいリスクをさらにゼロに近づけるための捕獲隔離案の実施は、結果として水鳥のいる公園への遠足自粛等の過剰反応を社会的に誘起するという大きなリスクを生じかねません。これらの見解が功を奏したのか、白鳥達は何事もなくその後も自由に泳ぎ続けています。競馬の円滑開催の影で、こんな些細なアドバイスもしている研究室です。
(Gallop誌 2006.12.10号 掲載)
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