競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.14

 「推進力」や「駆動力」。それこそが、サラブレッドを走らせる原動力だ。それは、どのアシが、どのタイミングで産み出しているのだろうか。実際に測定されたデータを基に、具体的なアシの機能を探ってみよう。

■まずは、基本から

 蹄と地面の間でやり取りされる力。それは学問的には「床反力」という。蹄やアシが地面に力を加える。蹴る力や押す力だ。すると、それと全く同じ大きさの逆向きの力が、蹄に返ってくる。作用・反作用の法則というわけだ。この逆向きの力が、ウマの重心に作用して、ウマを様々な方向へ移動させる。だから専門家は、蹄から地面に加えた力ではなく、地面から蹄にはね返ってきた力、「床反力」について議論するのが通例だ。
 床反力は、その大きさと方向が刻々と変化する。それは本来、単一の力である。が、それを「垂直」、「前後」、「左右」の3方向に分解すると解りやすい。
 垂直方向の力。言い換えれば、それはウマの体を支える力だ。前後方向の力は、それが後ろ向きに働けば制動力。前向きに作用すれば推進力(駆動力)だ。さらにコーナーを回るときや方向転換には横方向への力も必要になる。これら3方向の力を巧みに利用して、ウマは望み通りに軽快に走ることができる。

■実測データを見てみよう

 図を見て欲しい。最上段の写真は、ギャロップで“直進”する競走馬だ。空を跳んだウマは、まず左右の後ろアシを順次、着地する。このとき、専門的には先に着地するアシを「反手前の後肢」、後から着地するアシを「手前の後肢」。続いて左右の前アシが順に着地する。先に着いたアシが「反手前の前肢」、後から着いたアシが「手前の前肢」だ。手前前肢が右アシならば右手前のギャロップ。それが左アシなら左手前のギャロップと呼び分ける。つまり右手前と左手前のギャロップでは、アシの動きが左右、逆転する。
 このウマのギャロップは? そう、右手前だ。ちなみに、直進するときは、左右どちらの手前でも走ることができる。
 グラフは上段が「垂直方向の力」だ。下段が「前後方向の力」。難しい話はやめて、その大まかな特徴を把握しよう。

■馬体を支える主役は?

 まず、垂直方向の力。つまり体を支える力に注目しよう。後ろアシよりも前アシに大きな力が働いている。それも右手前のギャロップならば、左の前アシ。つまり「反手前前肢」が体を支える主役であることがわかる。じつは一昔前まで、右手前ならば右前アシが負重の主役だと思われていた。「手前前肢」は空中に飛び上がるための踏切アシだ。だから、感覚的には大きな荷重がかかると思い込みがちだ。だが、事実は違っていた。ただし、コーナー走行やレース中の斜行では、馬体の傾きに応じて、負重の主役が左右交代することもある。

■“ウマは後輪駆動”って、ホント?

 前後方向の力を見てみよう。グラフの横軸は蹄の着地から離地までの時間。縦の点線は、その中間のタイミングを示している。つまり地面に対して、アシが垂直になった時点とほぼ一致する。ベースラインよりも上に描かれた波形は制動力。そのラインよりも下に現れた波形が推進力だ。
 まず制動力。どのアシも着地直後に制動力が生じている。制動力がなければ、ウマは減速や方向転換ができない。たとえば我々だって氷の上を歩くとき、靴が滑れば止まれない。方向転換もままならない。それと同じだ。ウマでは、前アシに大きな制動力が働く。だから前アシは、走る方向をコントロールする舵取り役だ。が、それは同時にアシの故障や事故にも繋がる危険性を秘めている。前アシに「パンク」と呼ばれる故障が多いのも、そのためだ。
 推進力に注目しよう。一番大きな推進力を発揮しているのは、このケースでは、左の後ろアシだ。読者にとっても、それは予測の範疇だろう。が、ここからが面白い。二番目に大きな推進力を産み出しているのは、なんと左の“前アシ”だ。右の後ろアシの推進力はほんのわずか。“ウマは後輪駆動”と言われてきた。その定説が覆された。右手前のギャロップでは、なんと同じ左側の前後のアシが推進の主役だったのだ。

 ところで、推進の主役である前後のアシを比べると、推進力の生まれるタイミングはやや異なっている。後ろアシは、蹄が着地した早い時期から、制動力が推進力に切り替わる。前アシは、着地の中間時点を過ぎて、ステップの後半に推進力が生まれている。そこには推進力を産み出すメカニズムの違いがあるのだが・・・。それは次回、改めて。

(競馬ブック 2008.10.26号 掲載)


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