競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.18 〜育成期のトレーニング:放牧〜

 サラブレッドの競馬デビューは、早い馬で2歳の6月中旬からである。競走馬のトレーニングは基本的に走路を走ることであることはいうまでもないが、生後から行なわれる放牧や騎乗馴致(ブレーキング)も走路におけるトレーニングと同様に重要である。競馬に出走するまでのいわゆる育成期は、デビューをめざすサラブレッド若馬にとって最も重要な期間の一つであるといって良い。
 育成期は、サラブレッドの生産や育成に関わる関係者以外には馴染みの少ない期間でもあると思うので、この時期のトレーニングに伴う呼吸循環機能の発達の様子を簡単に紹介したい。

■生まれてから競馬に出走するまで

 サラブレッドは春になると繁殖シーズンを迎える季節繁殖動物である。妊娠期間はおよそ11ヶ月くらいなので、誕生するのは翌年の春になる。多くの馬は4月頃に生まれるが、近年は1月生まれや2月生まれも珍しくなくなった。
 春に生まれた当歳馬(0歳馬)は秋からは母馬と別れて暮らすようになる(母馬と仔馬を離すことを離乳という)。離乳後は、同い年の馬たちと一緒に放牧されるようになる。そして、翌年の1歳の秋頃に、人を乗せて運動できるように訓練される。この訓練は騎乗馴致(ブレーキング)といわれ、鞍やハミをつけて、人が乗って運動できるようになる。その後は、翌年の2歳の春〜夏までトレーニングを続け、競馬に出走するという具合である。

■育成期の放牧

 サラブレッドは生後直後から母馬とともに放牧地に放牧される(図1)。わが国においては、この時期は昼間放牧されていることが多いようであるが、近年、この時期の仔馬に対する昼夜放牧の有効性が海外だけでなく日本においても指摘されるようになり、昼夜放牧を行なう牧場も増えつつあるようだ。
 その後、秋頃に離乳してからは、同い年の馬たちと一緒に数頭の群れで放牧地に放牧される。この時期で重要なのはオールラウンドな基礎体力の養成と考えられる。放牧は、主に常歩による自発運動(採食が主)であるが、速歩や駈歩も時としてかなりの量が含まれる。放牧中には、急発進や急停止あるいは放牧地によっては傾斜地や不整地を歩くことにもなるので、柔軟性や敏捷性などを養うために必要不可欠な運動と思われる。一般に、神経系の運動に対する適応も含めたいわゆるオールラウンドな体力の養成は、出来るだけ若いうちに十分経験することが必要と考えられているので、放牧期の重要性はかなり高い。
 最近普及しているGPSを使って、2ヘクタールの放牧地における当歳馬の17時間の昼夜放牧中の移動距離を調べた成績によると、総移動距離は約15kmであったという(図2・3)。
 “心”の連載者である楠瀬先生らが、以前1歳馬の放牧中の移動距離について調べている。当時はGPSのような便利な機器はなく、放牧地を賽の目上に区画して座標を作り、馬の移動に伴って現在位置を座標上にプロットするという根気の必要な調査だったというが、貴重な成績である。その成績によると、1.5ヘクタール以上の放牧地での昼間放牧での移動距離は約5.3〜6.8km、その内訳は常歩3.8〜4.8km程度、速歩0.4〜1km程度、駈歩1〜1.7km程度であった。常歩で移動中(採食中)の心拍数は50〜60 拍/分であり、駈歩中には瞬間的に170〜200 拍/分まで上昇する。昼夜放牧での移動距離はおよそ13kmでそのうち約80%にあたる10kmは採食しながらの移動であったという。GPSによって求めた成績でも、それぞれの歩法での移動距離の割合はほぼ同じである。
 1歳の6月から9月にかけての放牧の前後で、最大酸素摂取量をトレッドミル運動負荷試験によって評価した成績によると、この時期には体重の増加、つまり成長に見合って最大酸素摂取量の絶対値(P/min)が順調に増加していたことがわかっている。

(競馬ブック 2009.1.25号 掲載)



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