競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.30

 松田国英調教師との座談会が終わった。面白かった。もちろん座談会メンバーとしての感想だ。座談会の席で松田国師の口から「タメ」と共に「収縮」という言葉が飛び出した。

■競走馬の≪収縮≫?

 驚いた。少し前まで競馬では、≪伸展≫ばかりが求められてきたからだ。競馬では、大きなストライドが求められる。だから、≪チーター≫のように馬体を伸ばし、歩幅を稼ぐことが求められてきた。それはまさに≪伸展≫だ。が、馬体を伸ばす直前、競走馬もたしかに≪収縮≫と呼べる動作が必要なのだ。
 トモが着地しているとき、トモはがっちりと体重を受け止め、駆動力を地面にたたき込む。それにはトモの深い踏み込みが必要だ。まさに馬術の収縮に通じる動作でもある。つまり競走馬の伸展は、トモの収縮があってこそ。それも単に馬体の収縮だけではない。飛節に≪タメ≫込んだ弾性エネルギーを効率的に使うことにも繋がるのだ。

■飛節、ふたたび!

 飛節はヒトならクルブシだ。ヒトはカカトが接地している。だから、クルブシの役割は飛節とはやや違う。試してみよう。カカトを浮かせて立ってみる。ふくらはぎの筋やアキレス腱が緊張するはずだ。クルブシを空中に固定するためだ。それはウマの飛節に似た状況だ。だからウマの飛節の筋や腱にも、常に大きな負担がかかっている。この負重を利用した深屈腱の緊張により、蹄が地面を確実にグリップする。ここまでは29話で説明した。

■飛節のもう一つの働き、弾発力

 カンガルーを思い浮かべて欲しい。彼らが立っているとき、飛節は接地している。走るときは、カカトを浮かせ、跳ねながら驚くほどの速度で疾走する。あの跳躍走行の弾発力こそ、彼らの飛節が作り出しているのだ。その仕組みはこうだ。浮かせた飛節が負重により大きく曲がる。着地時の衝撃を緩和するのだ。飛節が曲がれば、アキレス腱と、その上部の筋が伸ばされる。そこに弾性エネルギーが貯まる。このエネルギーを利用して、疾走のパワー、≪弾発力≫を産み出すのだ。
 ウマの飛節は、カンガルーほどの弾発力を産むことはない。が、求める動作や用役によっては、重大な働きをする。たとえば、高い障害物を飛び越えるときだ。障害物に向い、前アシで地面を強く叩く。前躯が浮く。続いてトモが力強く地面を蹴る。馬体が浮き、障害物を飛び越える。飛びあがる瞬間はまさにカンガルーの疾走体勢だ。このとき、飛節の弾発力も大きく効いている。だが、ギャロップでは少し違う。走っているときの飛節の角度変化を追ってみよう。
 着地の瞬間、飛節の角度は約130度。体重がかかり、飛節が曲がる。その角度は、約125度。アシが後ろに流れるにつれて飛節は伸びる。角度は約170度。地を離れて前に振り出されるとき、すべての関節が折り曲げられる。飛節は最小60度まで曲がる。が、それは自発的な曲がり。だからこのとき、弾性エネルギーは貯まらない。
 問題は着地の直後だ。125度に曲がった飛節がアキレス腱や筋に弾性エネルギーを貯める。その後、弾性エネルギーが放出され、弾発力を産み出す。が、この弾発力のベクトルは、斜め上に向かう。ところが、飛越とは違い、このときウマの前躯は前下方に向かっている。だから飛節の弾発力が強すぎると、馬体は上に跳ねてしまう。強すぎる弾発力は、リスクにさえなるのだ。ジャンプレースでは、平場よりも飛節の弾発力は必要だろう。が、ジャンプレースでも、高く飛ぶよりは、低く遠い飛越が好ましい。だから馬術の障害飛越競技ほど、飛節の弾発力は必要ないはずだ。

■過ぎたるは・・・

 飛節の造りは、ウマの能力を見極める重大なポイントだ。立っているとき、飛節の角度は、その上下の骨の長さや傾斜によっても微妙に変わる。立たせ方でも変わる。だから、慎重に判断しなければならない。が、立っているウマの飛節は、ふつう約150度〜165度。曲がりすぎている飛節、つまり≪曲飛≫は、競走には不利だと言われてきた。ギャロップでは弾発力に頼る部分が少ないからだ。そのうえ、曲飛はアキレス腱やその上部の筋が疲れやすい。持久走にはなおさら向かないだろう。だからといって、165度よりも大きな角度の飛節、つまり≪直飛≫は、衝撃緩和に不利だ。衝撃緩和能が低ければ、弾発力も低下するに違いない。

 角度だけでなく、踵骨の長さも飛節の造りのポイントだ。この骨が長ければ、アキレス腱によるテコの作用が効きやすい。横から見て、幅が広く、飛端が適度に突出した飛節が好ましい。が、もちろん「過ぎたるは・・・」。あくまでも程度問題ということになる。

(競馬ブック 2009.10.18号 掲載)


Back