競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.32 〜競馬のペースとエネルギー供給1〜

■レースのペース配分

 この原稿を書いている時点では、今年のジャパンカップの結果は分からないが、思い起こされるのはホーリックスが勝った1989年のレースだ。タイムは2分22秒2。世界レコードであった。レースはイブンベイと当時の芝12ハロンの世界記録を持っていたホークスターが先行するかたちで進んだ。1000m通過が58秒5、1800m通過は当時の日本記録をも上回る1分45秒8という常識破りのハイペースとなった。このハイペースを3番手・4番手で追走したホーリックスとオグリキャップが1着・2着。ラップタイムを見ると、最初の1ハロンは別にして、最初が速く徐々にスピードが遅くなっていく様子が分かる(図1)。
 アルカセットがホーリックスのレコードを破ったレースの1000m通過と1800m通過はそれぞれ58.3秒・1分48秒5で、ホーリックスのレースとほとんど同じ。アルカセットはホーリックスと違い中団のやや後ろに位置していたが、レース自体のペース配分もほぼ同じである。競馬は走行タイムを競う競技ではないものの、レコードタイムが出るときには前半からペースが速いことが多いようだ。
 競馬と似ているといわれる陸上競技の中距離800m走のペース配分を、今年の世界陸上の準決勝3レースでみてみると、200mごとのラップタイムは、3レースとも最初の200mは24秒の後半で、その後は26〜27秒で推移し、それぞれ1分45秒01・1分45秒27・1分45秒96でゴールした。決勝は1分45秒30で準決勝とタイムはほぼ同じ。ただ、ラップは25.02-28.42-26.36-25.5であり、明らかに準決勝より前半のペースは遅く、最後はスプリント勝負になっている。これは、世界陸上やオリンピックでは記録よりも勝ち負けが優先されるからだ。決勝に残った選手の多くは1分43秒台の自己記録を持っていたようであるが、このレベルの選手が自己ベストを更新するようなレースであれば、前半の400mのタイムは50秒を切るような速いペースで始まって消耗戦になり、そのままゴールになだれ込むようなレースになるのであろう。記録を出すには前半から速いペースであることが肝要だ。ちなみに世界記録は1分41秒11。

■再びエネルギーの話

 以前の連載で述べたように、安静にしている時や運動の強度が弱い時には、運動に必要なエネルギーのほとんどが有酸素性に供給される。運動がきつくなると、有酸素性に供給されるエネルギーだけでは足りなくなり、無酸素性のエネルギー供給も同時に亢進してくる。競馬は大変きつく、有酸素的なエネルギー供給も無酸素性のエネルギー供給も両方がフル稼働している運動である。
 図2の左側のグラフ(A)は、走行スピードが速くなると、必要なエネルギーが増えていくことを示した模式図だ(縦軸の数字に特に意味は意味はないので御注意を)。秒速2mから14mまでは、白のカラムで示した有酸素性のエネルギー供給で必要なエネルギー量を賄うことができるが、それよりもスピードが速くなると、灰色のカラムで示した無酸素性のエネルギー供給も必要になってくることを示している。たとえば、秒速18mで走るときは、総エネルギーは120必要で、それは有酸素性のエネルギー供給だけでは賄うことができないということがわかる。

■最初から全力疾走すると・・・

 さて、右のグラフ(B)であるが、これは、立ち止まった状態から(0秒)、いきなり全力で走り始め(このグラフでは秒速18m)、そのまま120秒間走り続けた場合の模式図である。秒速18mで走るためには、120のエネルギーが必要なので、スタート直後からエネルギーは120必要で、そのスピードを保つ限り、ずっと120ずつ必要である計算だ。
 スタートした直後は、心肺機能はまだフル稼働はしていないので、有酸素性に供給されるエネルギーの割合はまだ少ない。そのため、足りない分は無酸素性に供給される。その後、心肺機能の働きが亢進するのに従い、有酸素性のエネルギー供給の割合が徐々に増えてくる。1本のカラムを水の入る容器と考えると、下側の白い部分まで入る水の量を足した総量が、この2分間で供給された有酸素性のエネルギーの総量になり、灰色で示した量の合計が無酸素性に供給されたエネルギーの総量になるわけである。
 つまり、この白い部分と灰色の部分の量を比較すれば、運動中に有酸素性に供給されたエネルギー量と無酸素性に供給されたエネルギー量の割合が分かるわけである。過去の研究によると、有酸素性に供給されるエネルギーの割合は、1分程度で疲労困憊になる運動(競馬でいえば1000m走くらい)では約70%、3分程度で疲労困憊になる運動(3000m走くらい)では90%程度になるとされている。JRA競走馬総合研究所の研究でも類似の結果が得られており、距離が長くなるほど有酸素性のエネルギー供給の割合は高くなっていくことがわかる。
 次回は、ペースとエネルギーについて考えてみることにする。

(競馬ブック 2009.12.6号 掲載)



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