競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.33

 ゾウは人と並んで、体に生えている毛の少ない動物といえます。しかし北の大地、帯広動物園で飼われているゾウは、冬場になると冬毛がふさふさ生えてくるそうです。常夏の国で生活しているときには不要だった冬毛を生やすという機能が、北海道の酷寒の環境で目覚めるものと考えられます。この事実は、もしかすると髪の毛が心細くなってきたお父さんにとって、何かのヒントになるかもしれません。
 今回は馬の毛にまつわる話。

競走馬の冬毛

質問:昔は寒い季節には、結構冬毛の競走馬が多かったように記憶しています。それに比べる、最近は冬毛でモサモサしている馬をそれほどパドックで見かけません。これって競走馬の改良が進んだからなのでしょうか?それとも地球温暖化のせいなのでしょうか? それから冬毛モサモサは馬券的には消しでしょうか? (53歳 男性 競馬歴:30年)

答え:パドックで周回しているサラブレッドで、寒い季節になってもそれほど冬毛の生えている馬を見かけなくなったのは、競走馬としての改良が進んだからでも、地球温暖化のせいでもありません。これは馬に冬毛を生やさないようにするという、厩舎によってなされた努力の結果といえます。
 寒暖差のある地域にすむ多くの哺乳動物では、寒くなってくると冬毛が生え、冬が過ぎるとすっきりと抜け落ち、夏毛に替わります。冬毛は密生しているのが特徴といえますが、こうした毛が生えるのは、寒い季節を少しでも暖かく過ごし、生き抜いていくための、動物に備わった重要な機能とすることができます。
 ただし現代の競走馬にとって冬毛はあまり意味を持ちません。むしろ摂取した栄養が冬毛にとられ、肝心の走ることに使われる分が減るのでマイナスになると主張する人もいます。もっとも、そうした意見には、今のところ科学的根拠は存在しません。一方、競馬ファンにとっては、冬毛は毛づやを見極めにくくするので困りものかもしれません。
 馬の皮膚が一定期間寒さにさらされると、その反射として冬毛は生え始めます。ですので逆に、馬体を保温することで、冬毛を生えにくくさせることができるのです。競走馬では、保温のために馬体をすっかり覆う馬服が用いられます。厩舎によっては、比較的暖かい馬房にいるときでも馬服を着せているところもあります。また、調教が終わって体温がまだ高いときに、よくブラッシングをすると、冬毛は抜けていきます。
 このように競走馬に冬毛を生やさないためには、かなり手間がかかります。しかし、冬毛が生えていないということは、馬にそれだけ手をかけている証拠ともいえます。
 下級条件の競馬では、冬毛を生やした競走馬が比較的多く見受けられます。そうした馬の中でピカピカの毛づやの馬がいれば、他馬に比べ手がかかっている証拠といえますし、期待の現れの可能性もあります。冬毛は消しとまではいいませんが、冬毛の生えている出走馬の多いパッドックで、毛づやがピカピカしている馬を見つけたら、厩舎側のその馬に対する期待に乗ってみる、というのもおもしろいかもしれません。

■毛の生え方

 さて、哺乳動物の全身の毛は一定方向に向かって生えていますが、この毛の流れは毛流(もうりゅう)と呼ばれます。毛流の方向は冬毛でも夏毛でも変わりません。馬のブラッシングのコツは、ブラシを毛流に沿って動かすことですが、毛流に逆らってブラッシングをすると、いわゆる逆毛が立ってしまいます。先日、我が愚娘が連れてきたボーイフレンドは、まさにそうしたヘアースタイルでしたが、親の立場としては困ったものといわざるをえません。
 毛流の存在意義は雨の日にはっきりします。馬の場合、毛流は原則として背中側から腹に向かっています。馬が雨の中で立っているとき、雨水は毛流に沿って素早く体の表面から流れ落ちます。毛流が存在するため、簡単に雨水が皮膚まで達するの防ぐことができ、その結果体温が奪われる危険性はとても少なくなります。
 ところで、南米大陸にナマケモノという動物がいますが、この動物は終日背中を下にして、木にぶらさがって生活しています。こうした姿勢でいつも居眠りをしているナマケモノの毛流は、馬とは逆に腹側から背中に向かっています。その毛流のおかげで、上から降ってきた雨水は、ナマケモノの場合、腹から背中へと素早く流れていきます。ナマケモノの毛流が馬とは逆方向になっているという事実は、毛流が雨天に対応するために存在している何よりの証拠といえるでしょう。
 ところで、人は多くの哺乳動物と異なり、体の一部を除いてほとんど毛が生えていません。保温機能は体毛では無く皮下脂肪が担っています。一方、クジラも人と同様、無毛で保温機能は皮下脂肪が担っています。
 クジラは海に戻った哺乳動物で、泳ぐときにスピードの妨げとなる体毛を無くし、厚い皮下脂肪を蓄えることで氷の海でも活動ができるようになったとされています。ほとんど無毛で皮下脂肪を持つという人とクジラの類似点から、人は進化の過程で水中生活に適応していた時期があった、と主張する生物学者もいます。実際、人の胎児のウブ毛に見られる毛流は、水泳中に体に沿って流れる水の向きと一致するそうです。

 というわけで、「有馬記念」取った人も取れなかった人も、来年の競馬もどうぞよろしくお願いいたします。

(競馬ブック 2010.1.3号 掲載)


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