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筆者が馬を対象に研究を始めたのは1981年、競走馬総合研究所に入所する1年前のことです。それまでは大学院にいたのですが、そこでは何を隠そうネズミを使って行動学的な研究をやっていました。1981年当時、若かりし筆者が研究生として所属していた大学の付属牧場では、サラブレッドの生産がおこなわれていました。この年、繋養されていた6頭の繁殖牝馬すべてに子馬が生まれました。これは格好の研究対象になるということで、馬の親子の行動観察を始めました。
■お馬の親子
質問:私、幼稚園教諭をやっておりまして、競馬も好きです。ですので、子供たちには必ず「おうま」を歌わせます。例の、♪お馬の親子は仲良しこよし・・という歌です。さて、子供たちはみんなかわいいのですが、お母さん方には一癖も二癖もある人がいて、まいってしまうこともあります。馬のお母さんにも、それぞれ子育ての仕方に違いがあるんでしょうね? (31歳 女性 競馬歴:7年)
答え:歌詞のつづきは、♪いつでも一緒にポックリポックリ歩く・・ですね。実際、子馬は生まれて1時間もすれば立ち上がり、その後はいつでもお母さんのあとをついて歩くようになります。
同じ有蹄類でもヤギやシカの親子は、いつもは一緒にいません。お母さんが草を食べに遠くに行っている間、子供たちはハイダーサイトと呼ばれる隠れ場所で遊んだりしながらお母さんを待っています。ハイダーサイトでは、ちょうど質問をくださった幼稚園の先生のように、1頭の大人のメスが子供たちを見守っていることもあるようです。
さて筆者が最初に馬を研究対象として取り組んだテーマは、まさに馬の母子関係でした。馬の親子関係は子馬の成長とともにどう変わっていくのか、子育ての仕方に個体差があるのか、子馬同士の関係はどう変わっていくのか、などを調べようとしました。
まず母馬と子馬が放牧地でどのくらい離れているかを1分ごとに計測し、その距離が子馬の成長とともにどう変化するかを解析しました。その結果、生後1か月くらいまでは、どの親子も平均すると1馬身以内の距離に位置しているのですが、成長とともに距離は伸びてゆき、6か月になるころには平均9馬身にまで離れて位置するようになりました。子馬によっては、大きくなるとお母さんからずっと離れて遊んでいて、お乳を飲むときだけ戻ってくるといった行動をとるものもいました。一方で6か月齢になってもあまり母子間の距離が広がらない親子も存在しました。こうした個体差は放任主義の親と過保護の親を連想させますが、残念ながらそうした親子関係の相違が、成長した後の馬の性格にどういう影響があるかは分かっていません。
授乳の仕方にもお母さんによる違いが認められました。どの母馬も1回の平均授乳時間は60秒から70秒までであまり違いはなかったのですが、時間のばらつきに個体差があったのです。すなわち、あるお母さんは、いかにも几帳面に毎回65秒でぴたっと授乳をやめていたのに対して、別のお母さんは、気分が散漫なのか、あるときは10秒で授乳をやめたり、あるときは2分近く飲ませ続けたりしていました。ただしよく調べてみると、このばらつきの違いは、母馬の性格の違いではなく経験による違いであることが分かりました。すなわち子育て経験のある馬ほど、授乳時間のばらつきは少なかったのです。授乳という、いかにも本能的と思わせる行動にも、学習によるスキルの向上が認められたのです。
■子馬の離乳
子馬は成長とともに子馬同士で遊ぶようになります。どの子馬がどの子馬と遊んでいたか記録して解析した結果、子馬の精神的な成長もかいまみることができました。
生まれた当初は、子馬はせいぜいお母さんにじゃれつく程度で、子馬同士ではあまり遊びません。それでも2〜3か月齢くらいになると、たまたま近寄ってきた他の子馬を相手に、よく遊んだりするようになります。ただし、このときに特定の相手を選ぶことはありません。しかし、6か月齢ぐらいになると、牡の子馬は牡子馬を遊び相手として選び、牝の子馬は牝同士で遊ぶようになっていきました。
人の子供でも、幼稚園では男の子も女の子と手をつないで遊んでいたのに、小学校に入ったとたん同性同士で遊ぶようになったりします。人の場合は、男の子は男らしく、女の子は女らしく、といった社会的な圧力があるのかもしれませんが、もちろん生物学的な背景も存在するに違いありません。
子馬では、6か月齢になると明らかに遊び相手として同性の子馬を選ぶようになることから、この時期を馬の社会性の芽生えの時期とすることができるかもしれません。
こうした現象は子馬をいつ離乳したらよいかを考えるうえでヒントとなります。
サラブレッドの子馬は自分の弟や妹が生まれる前に、母馬から強制的に引き離されます。いわゆる離乳です。離乳の目的は母体の保護と子馬の自立を促すためで、子馬にとって母馬の存在が必要でないと判断されたときにおこなわれます。
離乳は早い牧場では生後4か月で、普通は6か月齢ぐらいで実施されます。母馬の乳の栄養価は子馬を産んでから4か月もすると急速に低下していきますが、そのころには子馬は青草も口にしますし、離乳食も消化できます。栄養的には離乳してもいっこうに問題はありません。ただし離乳は母子ともども、相当に精神的ストレスの大きい経験といえます。実際、離乳された母子馬はいつまでもお互いを呼びつづけます。離乳によるストレスを少しでも軽くするには、子馬に社会性が芽生えた6か月齢以降に実施したほうがよいのかもしれません。
(競馬ブック 2010.1.31号 掲載)
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