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競走馬として生産されたサラブレッドは、生後6か月前後でお母さんから離されたあと、多くの場合1歳の秋に鞍馴致が始まるまでは、もっぱら放牧地で仲間たちと過ごします。育成期と呼ばれるこの時期、放牧地での馬たちの行動をよく観察していると、それぞれに個性があることがわかります。いつも1頭でぽつんとしている馬もいれば、そばに近寄って来る馬をだれ彼かまわず耳を伏せて威嚇する馬もいます。それこそ個性は千差万別といえます。
■競走馬の脚質
質問:競走馬の脚質について質問します。よく解説の人が「はなを切るのはあの馬でしょう」とかいったレースの展開を予想しますよね。あの予想はよく当たります。当方としては、レース結果も同程度に当てて欲しいとは思うのですが・・・。さて競走馬の脚質ですが、どんな要因で決まるのでしょうか?
ちなみに自分は花屋ですので、はなを切ります(笑)。 (26歳 男性 競馬歴:4年)
答え:競走馬の脚質はさまざまな要因で決まるようです。末脚が切れるとか、スタミナがあるといった体力的な要素ももちろんあります。またスタートが上手か下手かといったことも関係してきます。さらに、その馬のメンタル面も脚質に影響します。たとえば馬込みに入ると、とたんに萎縮してしまう馬もいます。また先頭に出ると後続の馬群を怖がってどんどん走ってしまい、途中で体力を使いはたしてしまう馬もいます。こうしたこと全てを見極めて、厩舎側はその馬の能力を充分発揮できる脚質を判断します。
筆者はかつて、競走馬としてデビューしたときにはじめてわかる脚質は、育成期でのそれぞれの馬の行動に見られる個性と関連があるのではないかと考え、調査をしたことがあります。
馬を群れで飼うと必ず社会的順位が形成されます。複数の馬をひとつの放牧地で飼い始めると、最初はお互いに入り乱れて威嚇しあいますが、1週間もすれば群れは落ち着きます。群れが落ち着いて安定して見えるのは、群れの個体間で勝負付けがついたからだといえます。このとき1番の馬が餌を食べているときに2番の馬が近づくと必ず威嚇されて追い返されます。一方、2番の馬は3番以下の馬なら威嚇して追い返します。このような優劣関係は、一度形成されると群れのメンバーが代わらない限り、まず変化はしません。
筆者はいくつもの放牧地で調査を行い、社会的順位を記録して保存し、その馬たちが競馬にデビューしたあとでわかった脚質と照合して関連を調べました。社会的順位の高い馬は先行型の脚質かもしれないし、社会的順位の低い馬は逃げ馬になるかもしれないと仮定したわけです。このとき脚質を調べるのにお世話になったのは、確か「競馬ブック」だったと記憶しています。
ところがデータをさまざまな角度から検討しましたが、残念ながら筆者の仮説を裏付けるだけの明確な成績は得られませんでした。馬の脚質は、主戦騎手の性格にも関係しているという人もいます。脚質は馬のメンタル面だけでなく、多様な要素が関係しているということなのでしょう。
人生はなかなか一筋縄ではいかないということです。
■群れの構造
育成馬の群れの観察結果は、脚質とはうまく結びつきませんでしたが、生物学的には興味深い現象を認めることができました。育成期では牡と牝は別々に放牧地で飼われますが、牡の群れと牝の群れでは、社会構造に明らかな違いがあったのです。
第一の違いは、牝の群れでは社会的順位が直線的なのに対して、牡では順位の逆転がときどき見られるという点です。牝では群れで一番強い馬は他の全ての馬に対して優位であり、以下2番、3番と続き、最も劣位の馬は全ての馬から威嚇されていました。ところが牡の群れでは、1番は2番に対して優位であり、2番は3番に対して優位なのですが、なぜか3番は1番より優位であるといった社会的順位の逆転現象が観察されたのです。
二番目の相違点として、いわば友達関係の違いがあげられます。観察では個体間の近接関係、すなわちどの馬がどの馬と一緒にいたかを5分ごとに記録しました。その記録を解析した結果、牝の群れでは、特定の馬同士で一緒にいることが多かったのですが、牡の群れではそうした組み合わせがあまり見られませんでした。すなわち牝は牡に比べて特定の仲間と、いわばつるんで行動することが明らかに多かったのです。
これらの性差から、牝の群れは牡の群れに比べて個体同士の関係がしっかりしているという印象を受けますが、こうした性差は、馬が本来持っている習性に由来していると考えられます。
野生下では馬は一頭の牡と複数の牝で家族を作ります。家族を構成する牝同士の絆は強く、群れの牡馬が死んだり弱ったりすると、メンバーはそのまま一緒にいて、新しい牡を家族の長として受け入れます。絆が強いということは、それだけ個体間の関係がしっかりしているということでしょう。一夫多妻で、お父さんがいばっているように見えますが、実は馬の家族は妻たちが主導権を持っているのです。一方、まだ家族を作れない若牡たちも牡同士で群れを作りますが、その群れは永続的ではなく、メンバーは常に入れ替わります。
こうした野生下で牡馬と牝馬が作る群れ社会の違いが、人が選択淘汰を繰り返して作り上げてきたサラブレッドにも、内なる習性として脈々と受け継がれてきているものと思われます。
(競馬ブック 2010.2.21号 掲載)
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