競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.38 〜成長と骨格筋〜

 トレーニングによって、サラブレッドの持久力は増加する。それは、持久力の最も良い指標である最大酸素摂取量(VO2max)の変化をみれば明らかである。育成期の若馬においては、1歳秋に行なうブレーキング(騎乗馴致)前、すなわちトレーニングを始める前のVO2maxは130ml/kg/min程度であり、その後2歳の春頃までトレーニングすると、VO2maxは160ml/kg/min以上にまで増加する。また、この期間を放牧のみで過ごしたウマ達でも、VO2maxの値は150ml/lg/min程度まで増加していた。VO2maxの増加は、酸素運搬系機能の総合的な向上によってもたらされるので、VO2maxの数値が増加するということは、酸素運搬系を構成する肺・心臓・骨格筋それぞれの段階でなんらかの変化がおこっていることを示している。
 サラブレッドの骨格筋を構成するそれぞれの筋線維は、収縮の特性や代謝の特性から、大きく3種類の筋線維、すなわちタイプ氈EタイプA・タイプXに分類されることは既に述べた。これらの筋線維分類にも成長やトレーニングの影響が出ることは容易に予想される。また、それぞれの筋細胞の中では、エネルギー産生が行なわれているわけで、成長やトレーニングによってエネルギー産生反応に関与する酵素の量なども変化していく。

■成長に伴う筋線維の収縮特性の変化

 野生動物の中でも特に草食動物の多くは、生後まもなく立ち上がり、歩き回ることが出来るのが普通だ。アフリカの草原に暮らす動物たちの生活を追ったテレビ番組などでは、母親が走るのにあわせて生まれたばかりの子供が走っている姿をよく目にする。草食動物の子供は、肉食動物に狙われる危険性が高いので、生後直後からある程度の運動能力を備えていることが多い。
 サラブレッドはもちろん野生ではないが、平均して生後1時間以内には立ち上がり、翌朝には元気な姿で飛び回ることが出来る。50〜60kgで生まれる仔馬の体の作りは華奢であるが、肢の長さは長く、腰や尻の筋肉は結構がっちりとしている。これらの仔馬の骨格筋の筋線維組成はどうなっていて、発育に伴ってどのように変化していくのだろうか。
 競走馬総合研究所で調べた成績によると(図1)、生後2ヵ月後くらいから2歳春頃(24ヶ月)までの間に、タイプAの筋線維の割合が増加していくことがわかっている。一方、タイプXの筋線維には大きな変化はみられていない。変化をもう少し詳しくみてみると、興味深い現象がおこっていることが分かった。以前の連載でも簡単にふれたように、最近になって筋肉の収縮タンパク質であるミオシンの特性を詳細に調べるとことが可能なった。その方法を利用して、仔馬の筋肉を観察すると、タイプAの性質とタイプXの両方の性質をあわせ持ったハイブリッド線維があることがわかってきた(タイプA/X)。この型の筋線維の割合は生後2ヵ月後では高く、成長するにつれてその割合は徐々に減少していた。そして、これに呼応するかのように、タイプAの割合が増えるという現象が起こっていたのである。
 タイプA/Xのハイブリッド線維がタイプAの筋線維に移行していくそのメカニズムの詳細は明らかではないが、ウマの成長を考える上ではリーズナブルな変化といえよう。つまり、生後直後の筋線維の組成はより瞬発力発揮に適しており、それが成長とともにより持久力発揮に適した方向へと変化していくというわけだ。仔馬は未成熟であるとはいっても、その筋線維組成からみると、少なくとも瞬間的なスピード発揮には対応可能ということになる。

■成長に伴う筋線維の代謝特性の変化

 発育に伴って、サラブレッドの骨格筋の筋線維分類に変化が起こり、速筋線維の中でも、より持久性の高いタイプAの筋線維が増加していた。一方、骨格筋細胞の中では、運動するためのエネルギー産生がもちろん行なわれているわけで、これら一連の反応に関与する酵素にはどんな変化が出るのであろうか。
 御存知の通り、エネルギー産生に関与する反応は、糖分解の前半過程(無酸素的なエネルギー供給)と後半過程(有酸素性のエネルギー供給)から構成されており、それぞれの過程で働く酵素の量が成長に合わせてどのように変化しているかを調べてみた。その結果、有酸素的なエネルギー産生反応で重要な酵素であるコハク酸脱水素酵素(SDH)が成長に伴って増加していることが分かった。
 つまり、エネルギー産生過程からみても、成長に伴って持久力向上の方向に向かって骨格筋の適応が起こっているというわけだ。サラブレッドはそもそもスプリンター的な資質を備えて生まれついて、その後の成長に伴って、骨格筋は持久力適応への道を歩み始めるようだ。

(競馬ブック 2010.4.18号 掲載)



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