競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.38

 人の行く 裏に道あり 花の山
 東京のソメイヨシノはあらかた散りましたが、北海道の桜はまだこれからです。北海道の桜といえば、なんといっても静内の二十間道路の桜並木でしょう。道路の両側に植えられた桜の木は3000本。花の時期は、周辺の道路が北海道としては珍しく大渋滞になります。
 「それにしても、何を好き好んで座る場所もとれないほど人があふれているところに、わざわざ花見に行くのだろうか。近所の小学校には樹齢50年を超える何本もの桜が満開で、人もほとんどいないというのに。」というのが、冒頭の格言の意味するところであります。
 さて今回は1区画の放牧地に何頭の馬を放せばよいかという話。

放牧地に放す馬の数

質問:先週ボーイフレンドと一緒に東京の真ん中、千鳥が淵にお花見に行ってきました。人が一杯で、地下鉄の駅を出るのからして大変でした。桜の花は、お堀に接するぐらい見事に咲いていたのですが、人ごみにどんどん押されて、落ち着いて眺めてなんていられませんでした。こんなに人が多いと、去年の夏に彼と行った、広々として空気の澄んだ北海道がしきりに思い出されます。
 ところで馬の放牧地についての質問ですが、あんなに広い放牧地なら、もっとたくさん馬を放牧しても良いのではないでしょうか。 (24歳 女性 競馬歴:2年)

答え:馬は群れをつくる動物として進化してきました。もちろん品種改良の進んだサラブレッドでも、この習性は失われてはいません。この点で、一区画の放牧地に放す馬の数は、種牡馬は例外として、あまり少頭数では問題があると予想できます。
 一方、一区画の放牧地にあまりにもたくさんの馬を放牧するのも考えものといえるでしょう。放牧地の馬を毎日集めて厩舎に戻すのにも一苦労でしょうし、放牧頭数が増えると、闘争的な行動も増えてけがなどが頻発するかもしれません。
 そこで、私たちの研究所では、再びJRA日高育成牧場と共同で「一区画の放牧地に放す適当な馬の数は何頭か」を知ることを目的に実験をしました。
 実験では広さが2.4ヘクタールの放牧地2面と、1歳馬牡牝それぞれ12頭を用意しました。これらの馬たちを牡牝別に2週間以上一群で飼い、牡牝それぞれの放牧地に1頭から12頭まで放牧する馬を徐々に増やしていき、行動の観察をおこないました。放牧時間は1日7時間としました。
 まず放牧地内での移動距離についてですが、1頭しか放牧していない場合に馬は最も長い距離を移動しました(牝で15000m、牡で8000m)。放牧頭数を2頭に増やすと、やや移動距離は減りましたが、それでも6000mは動き回っていました。そして3頭以上12頭までは、移動距離は1日3000mから5000mの範囲で安定しました。移動距離だけをみると、最も運動量の多い1頭での放牧が体力づくりという点で好ましいように見えます。
 しかし一方で、採食時間は1頭でいるときが最も短いこともわかりました。すなわち放牧頭数が1頭のとき、馬は放牧時間の半分の時間しか草を食べていませんでした。2頭の場合は少し増えて60%の時間を採食にあて、3頭以上12頭までは75%前後の時間を採食に費やすようになりました。また1頭では採食中に頻繁に頸を上げ下げしていることもわかりました。
 これらのデータから見えることは、馬は放牧頭数が2頭以下だと落ち着きがなくなっているということだと考えられます。すなわち、採食中でも何度も頭をあげ、あちこちと歩き回るようになっているわけです。たぶん1週間少頭数で放牧をつづければ馬の成長にも問題が出てきた可能性もあります。これらのことから、一区画の放牧地には最低3頭を一群で放牧するのが好ましいといえるようです。

■個体間の距離

 この実験では、馬群を最大12頭まで増やして行動観察をおこないました。放牧する馬群が3頭以上であれば、群れはそれなりに落ち着いていますし、採食時間にも違いは認められませんでした。また、群れを構成する馬の頭数が増えることで懸念される放牧中のけがは、この実験期間中には発生はしませんでした。ただし放牧している馬同士の位置関係は、放牧頭数が増えるにしたがって変化が見られました。
 個体間の距離は、写真のように放牧地に設置したカメラの画像から解析したのですが、詳細に検討した結果、放牧頭数が2〜6頭のときは、全体がくっついたり離れたりしながらも、ほぼ一群で行動していたのが、8頭で群れが分裂する傾向が見られ、12頭になると多くの時間をいくつかの小集団にわかれて行動するようになるということがわかりました。
 放牧地に放す馬の数の上限も、実験の中で見出したかったのですが、群れを12頭まで増やしても、残念ながら明らかな問題点を認めることはできませんでした。ただし放牧頭数が6頭以下のときは、常に一群で行動していたということから、群れの安定という面からは、6頭という数字がひとつの目安になるのかもしれません。
 
 以上、このコラムで3回に渡って競走馬を育てるための放牧地はどうあるべきかということについて書いてきました。私たちの実験からは、(1)一区画の放牧地は2ヘクタール程度が有効で無駄のない広さであるということ、(2)放牧地は正方形に近い形のほうが安全であるということ、(3)一区画に放牧する馬は3頭以上にすべきであるということが考えられました。
 このコラムは生産牧場や育成牧場の方もお読みになっていると思いますが、こうした数字を参考にして、さらに強くて丈夫なサラブレッドを競馬場に送り込んでいただければと思います。

(競馬ブック 2010.4.25号 掲載)

※実験では、放牧地の周りに複数のカメラを置き、無線で同時にシャッターを押し、写真画像から三角測量の要領で馬の位置を測定した。


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