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前回の連載で、成長による骨格筋の適応を簡単に述べた。サラブレッドは、どうやらスプリンターに生まれついて、その後は持久力を徐々に増強していくようだ。前回、書き足りなかった成長による変化をもうひとつ付け加えたい。
■乳酸代謝の変化
本連載で何度も取り上げてきたとおり、運動時のエネルギー供給の大本となる反応はグリコーゲン(グルコース;ブドウ糖)の分解から始まる(図1)。前半の反応においては、グリコーゲンが分解されてピルビン酸になるまでの過程でエネルギー(ATP)が生成される(いわゆる無酸素的なエネルギー供給)。このとき作られたピルビン酸は後半の反応が行なわれるミトコンドリアに入り、ATPの生成が行なわれる(いわゆる有酸素的なエネルギー供給)。
運動強度が非常に高く、ミトコンドリアにおけるATP生成だけではエネルギーが足りない場合は、前半の反応におけるグリコーゲン分解が亢進して、ATPの生成が増える。その結果、ピルビン酸も増えるわけだが、ミトコンドリアに入る量には限度があるので、余ったピルビン酸は乳酸脱水素酵素(LDH)の働きで、乳酸に変化する。つまり、激しい運動においては乳酸が蓄積するというわけだ。
一方、生成された乳酸は再びLDHによってピルビン酸に戻され、最終的にはミトコンドリアでのエネルギー生成に寄与することになる。このように、LDHには、ピルビン酸を乳酸に変える方向に働くタイプのものと乳酸をピルビン酸に変える方向に働くタイプのものの両方のタイプがあるというわけだ。成長による変化をみてみると、乳酸をピルビン酸に変える方向に働くLDHのサブタイプ(LDH1やLDH2)が成長につれて増加していた。つまり、乳酸を再びエネルギー源として使う方向、つまり酸化的に働く方向に変化していたのである。このことも、筋肉はより持久的に働くように適応していくことを示している。乳酸の代謝については、いずれ項をあらためて詳しく説明することにしたい。
サラブレッドは1歳の秋に騎乗馴致(ブレーキング)を行なった後、本格的なトレーニングが負荷されるようになる。このトレーニングによって骨格筋に起こる適応変化は、基本的にはより持久力を増す方向でおこるといってよい。すなわち、筋線維タイプで言えば、よりタイプAが増える方向へ、筋細胞内の酵素の変化で言えば、より酸化的に働く酵素が増える方向へ向かって変化していく。一方、トレーニングによって無酸素的なエネルギー供給に関与する酵素群にももちろん変化が現れるわけだが、そのためには強度の高い運動が必要であり、注意深くレーニングを実施しなればならない。トレーニングによる骨格筋の適応については、今後の連載の中で折をみてふれていくことにする。
■運動によるグリコーゲンの変化
運動に必要なエネルギーを生成するためには、図1に示すような反応が骨格筋の中で起こっている。この反応はグリコーゲンが起点になっているので、運動を続けていると、グリコーゲンは徐々に減少していく。マラソンなど、長時間にわたる競技では、グリコーゲンの減少の程度は非常に大きいようだ。
図2は、トレッドミルで激しい運動をした前後の筋肉断面の顕微鏡写真である。筋細胞内のグリコーゲンを特殊な染色法によって染め出している。左側は運動前、右側は運動後である。一見して分かるとおり、運動後の写真は細胞の中が若干スカスカになっているようにみえる。これは明らかに、細胞内のグリコーゲンが消費されていることを示している。
この写真を見ると、運動後にはグリコーゲンがすっかり消費されて枯渇しているかのように思われるかもしれない。サラブレッドについて書かれた成書の中にも、競馬などの激しい運動により筋肉内のグリコーゲンが枯渇するといったような記述を見かけることがあるが、これは間違いである。サラブレッドはそもそも筋肉内のグリコーゲン量が多い動物であり、しかも競馬はきついけれども短時間の運動なので、枯渇するようなことはないのである。
古い研究成績ではあるが、サラブレッドの骨格筋研究の先駆者の一人であるスノー博士がニューマーケットで調べた成績によると(1991年)、8ハロンあるいは5ハロンの強い調教をした場合でも、遅くとも2〜3日すると運動前に戻ることが報告されている。繰り返すが、枯渇していたのが元に戻るのではなくて、彼らの成績によれば、運動前に600くらいだった数値が強い調教で500くらいまで下がり、その後元に戻っている(単位は省略)。私たちがトレッドミル運動前後で調べた成績でも同様の結果が得られている。
(競馬ブック 2010.5.9号 掲載)
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