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現在、日本国内での競走馬の輸送は、もっぱら馬運車と呼ばれる大型のトラックでおこなわれています。しかし、かつては貨車での競走馬輸送が一般的でした。馬は最寄りの駅まで貨物列車で運ばれ、そこから目的地までは人が引いて行きました。蒸気機関車が主流だった頃は「トンネルを抜けると馬はススだらけだった・・・(石川記)」ということもあったようです。
さらに昔、鉄道もなかった時代の英国では、サラブレッドは馬車にのせられて競馬場まで運搬されることもありました。馬車にのったエリート競走馬と、それを引っ張る馬車引き用の馬。階級社会英国をほうふつさせる光景ではあります。
■馬を運ぶ
質問:この前、高速道路でウシを運んでいるトラックを見かけました。ウシは横向きにびっしり並んでいました。それから「競走馬輸送中」というプレートをつけた大きなトラックを追い抜きました。私でも追い抜けるぐらいモタモタ走っていました。中はどうなっているのかは見えなかったのですが、ウシみたいに横向きにたくさん積んでいるのでしょうか。それとも、サラブレッドだからぜいたくに個室みたいになっているのでしょうか。 (23歳 女性 競馬歴:1年)
答え:函館や小倉などシーズン中は競走馬がその競馬場に滞在するケースを除けば、競馬に出走する競走馬のほとんどは、競馬開催の当日の朝にトレーニングセンターから競馬場まで馬運車で運ばれます。これから競馬で走るわけですから、馬にはリラックスしてもらう必要がありますし、けがや事故などはもっての他です。そこで競走馬を運搬中の馬運車は、高速道路でも慎重に制限速度を遵守して運行されます。べつにわざとモタモタ走っているわけではありません。
JRAで使われている大型の馬運車の場合、普通は6頭程度の競走馬が1頭ずつ前向きに積まれています。隣の馬とぶつからないように、境には横棒と仕切り板が渡してあります。馬運車の中には、競馬場に着いたら食べさせるための餌や、競馬に必要な馬具も積まれています。
もっとも、世の中にはさまざまなタイプの馬運車があります。それこそ個室タイプのものから、後ろ向きに積むもの、車内が斜めに仕切られていて横から乗せるタイプの馬運車もあります。だいぶ前ですが、ジャパンカップで馬とともに来日した調教師から、自分の馬は本国と同様、後ろ向きに馬運車に積んで輸送して欲しい、という強い要望が出されたことがあります。そのときは急遽馬運車に簡単な改造を施し、要望に対処しました。
しかしここで疑問が生じました。
日本の馬運車は、馬を積み込むときの利便性を考えて、前向きの状態で馬を運ぶように設計されています。しかしこれはあくまでも人間の側の都合であって、馬はどちらを好むのであろうか、という疑問です。そこで私たちは、その回答を知るべく実験をおこないました。
■馬は後ろ向きを好む?
実験は、馬を自由に方向転換ができるようにして輸送をした場合、最終的には馬はどちらの方向を向くようになるかを調べるというものでした。
まず馬運車内の仕切りをすべてはずし、後ろ半分を区切り、板を張って馬のスペースとしました。そして天井にカメラを設置して映像を録画するとともに、前半分のスペースにいる観察者がモニターで馬の様子を観察できるようにしました。馬のスペースからは、全く外は見えないようにして、前後には乾草と水桶をつるしました。床には敷きわらを敷き、2頭の馬をその中に放しました。
馬運車の運行スケジュールは20分走行し、20分停まってアイドリング、20分エンジンも止めるという操作を1セットとして、これを5回繰り返すというものでした。また、走行中に必要なときしかブレーキをかけない通常走行群と、走行中に急ブレーキを5回かける急ブレーキ群を設定しました。急ブレーキをかけることで、馬はより極端な反応を示し、好む向きが明確にわかるのではないかと予想をしたのです。
ちなみに実験は、交通量のきわめて少ない北海道のJRA日高育成牧場周辺で実施しました。
さて成績ですが、急ブレーキ群のほうが馬の好む向きが、より明確にわかるのではないかという予想は見事にはずれました。急ブレーキ群の馬は出発5時間を経過しても、一定の方向を向くようにはならず、まるでランダムに位置を変えているように見えました。これは、いつ急ブレーキがかかるかわからず、いつまでも落ち着きなく動き回っていたためと考えられました。
これに対して通常走行群は、最初のうちこそうろうろ動き回っていましたが、時間が経つに従って次第に落ち着き、あまり動かなくなってきました。そして走行中は後ろを向いてじっとしていることが、明らかに多くなりました。この成績から見ると、どうやら私たちのやったような輸送条件のもとでは、馬は後ろ向きを好むようです。
馬は、骨格の構成上、前肢は横に広げることができますが、後肢はほとんど広げることができません。カーブで振られたときは、前肢を広げることで安定して立っていることができます。もしかするとそうしたことが後ろ向きを好む原因なのかもしれませんが、残念ながらはっきりとした理由はわかりませんでした。
(競馬ブック 2010.6.6号 掲載)
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