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競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.44

 写真は第9回ジャパンカップ(JC)を当時の世界レコードで勝ったニュージーランドのホーリックス。このときの2着馬は、先日逝ったオグリキャップです。左は若かりし頃の筆者。まだ30代ですぞ。右のブロンド美人はホーリックスの担当厩務員。たまたまレースの後、厩舎地区で出会ったので写真を撮らせてもらいました。本当は、ホーリックス抜きで、彼女と二人だけで写真を撮りたかったのですが・・・。

欧米の競走馬はおとなしい

質問:先般、フランスの厩舎で仕事をしている日本人についての記事を読んでいたら、フランスの馬は日本の馬と比較にならないくらいおとなしいと書いてありました。日本もフランスも同じサラブレッドで、遺伝的には近いと思うのですが、性格がそれだけ違うということはどういうことなんでしょうか? (35歳 男性 競馬歴:10年)

答え:現在でこそ日本には、欧米の馬たちに負けないくらい素直でおとなしい馬が増えてきました。しかしJCが創立された今から30年前は、日本馬に比べて、来日した欧米の一流馬のほうが競馬を前にしてもずっと落ち着いていることは、誰の目にも明らかでした。
 海外の優れた競走馬を招待しておこなわれるJCは、1981年に開始されました。それまで、日本の競馬は、いわば“鎖国”競馬でした。外国で生まれて日本で育成された競走馬でも、出走できるレースは限られていました。ましてや、外国の現役競走馬が日本の競馬で走ることはありませんでした。また日本の厩舎関係者が、多くの海外の一流馬の調教や日常の管理の実態を目にする機会なども、外国に行かない限りありませんでした。
 JCに招待され来日した競走馬は、体力を落とさないように調教をつづけながら検疫を受けます。レースの週にはJCの開催場である東京競馬場の国際厩舎に移動し、競馬場の馬場で調教、追い切りをおこないます。JC創設当初、そこで初めて海外の一流馬の日常を目の当たりにした日本の厩舎関係者の間では、さまざまなことが話題になりました。それはカルチャーショックともいうべきものでした。
 たとえばウォーミングアップとクーリングダウン。欧米の厩舎では調教の前と後に厩務員が手綱を持って、30分でも1時間でも延々と馬を常歩で歩かせます。当時、そんなことをしている厩舎は、日本にはありませんでした。しかし、調教時のけがの予防、疲労の早期回復などの点で、こうした作業はきわめて理にかなったことといえます。以後、日本の厩舎でも取り入れるところが増えていきました。
 また外国の馬は、どうしてあんなにおとなしいのだろうか、ということも話題になりました。たとえば招待馬の調教師と馬主が愛馬のそばで話をしている。なんでもないことのように思えますが、立っている場所が問題です。彼らは馬の真後ろに立っていたのです。日本では、馬は蹴るものと教えられます。絶対に真後ろに立ってはいけないと。しかし、その外国馬は蹴るそぶりもみせませんでした。
 こうした競走馬の落ち着きやおとなしさの要因は、子馬のときからのしつけによるものと想像されます。そこで私たちは、日本における子馬のしつけの実態を知るために、北海道のサラブレッド生産牧場25牧場にお願いして、計250頭の子馬の調査を開始しました。

■幼駒の調査

 調査は対象とした子馬たちの日齢が、平均約45日、90日、160日の時期に計3回実施しました。調査では、子馬を一頭ずつ連れてきてもらい、人(研究所員)が近寄ったとき、額を触ったとき、巻尺で胸囲を測ったときなど、見知らぬ人の計6通りの働きかけに対して子馬がどう反応するかをスコアとして記録しました。たとえば近寄ったときにまったく逃げようとしなければ4点、動きはしたが2歩以内なら3点というように各スコアの基準を決めました。この採点システムでは、人に何をされようとじっとしている子馬は満点の24点、落ち着きがないほど順次減点され、大騒ぎをして鼻ネジなどの道具を使わないと体も触れない子馬は最低点の6点ということになります。
 そうして記録したスコアを解析した結果、いくつもの興味深い成績が得られました。たとえば牧場ごとの平均スコアには、子馬の日齢が進むにつれ、大きな格差が生じていくことがわかりました。平均日齢が45日の一回目の調査では、牧場間でそれほど平均スコアに差はありませんでした。しかし、二回目の調査(90日齢)で差が目立ち始め、三回目の調査(160日齢)では満点かせいぜい減点1の子馬しかいない牧場がある一方で、そんなおとなしい子馬は一頭も存在せず、近づこうとすると逃げまわる子馬がほとんどという牧場まであるといった、牧場間での明らかな格差が見出されたのです。
 この格差は、各牧場の子馬の取り扱いかたに強く影響されているものと考えられました。

(この項、次回につづく)

(競馬ブック 2010.8.29号 掲載)


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