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前回のこの「競走馬のこころ」では、馬の落ち着きをテーマに記事を書きました。ジャパンカップ競走が始まった今から30年ほど前は、日本馬に比べて、来日する欧米の一流馬のほうが競馬を前にしても明らかに落ち着いていたこと。そうした競走馬の落ち着きやおとなしさの相違の要因は、子馬のときからのしつけによるものと想像されたこと。そこで、北海道のサラブレッド生産牧場で子馬のおとなしさを調査したところ、生まれたばかりの頃はそれほど牧場間で差がなかったものが、生後約5ヶ月になると子馬の人に対する行動に牧場間で明らかな差が認められるようになったこと、などです。
■子馬をめぐる環境の違い
さて、北海道の25牧場を調査した結果、見知らぬ人が頭や体など、どこを触ってもじっとおとなしくしている子馬ばかりの牧場がある一方、人がそばに来れば暴れて逃げようとする子馬ばかりの牧場もあるということがわかりました。こういった牧場ごとの子馬の行動の違いは、各牧場の環境の相違と、そうした環境からくる子馬の取り扱いかたに強く影響されているものと考えられました。そこで、それぞれの牧場をいろいろな角度から比較してみました。
まず牧場の規模を比べました。調査対象の牧場は繁殖牝馬が5頭程度の小規模の牧場から、繁殖牝馬が50頭を優に超える大牧場までありました。しかし牧場の規模と、そこで生産して育てられている子馬のおとなしさとの間には、明らかな関係は認められませんでした。
次に従業員の数と繋養頭数との比を調べました。すなわち牧場の従業員、一人あたり何頭の馬を世話しているかを計算して、その影響を調べたのです。結果は明らかでした。人手の多い牧場ほど子馬はおとなしかったのです。子馬がおとなしい上位3牧場と下位3牧場とでは、一人あたり世話をする馬の数は2倍程度のひらきがありました。「いじくりまわす」ことを北海道では「ちょす」と言いますが、人手に余裕があれば、その分多くの時間を子馬を「ちょす」ことに費やすことができ、結果として人に対して物怖じしない子馬になるものと考えられます。
また朝晩の放牧、集牧方法と、子馬のおとなしさにも明らかな関係が認められました。放牧の方法は大きく次の2種類に分けられました。(1)母子一組ずつ手綱をとって、厩舎から放牧地まで連れて行く方法、(2)厩舎から放牧地まで、ロープなどで誘導路を作って、母子の集団を後ろから追うなどして、一気に放牧する方法、の2種類です。両者を比較すると、(1)の方法をとっている牧場の子馬は、(2)に比べ総じておとなしい子馬が多いという成績が得られました。(1)の方法では、子馬が人と寄添って歩く時間が必ず存在し、その間、子馬の人に対する信頼感が深まると考えられます。一方、(2)は手間がかからず、きわめて省力的でかつ合理的な方法といえます。しかし、この放牧法では人との信頼関係を作る機会はほとんどありません。
毎日のブラッシングや手入れは、病気の予防やケガの早期発見のためにも重要ですが、人との信頼関係を作る上でもきわめて大切なことと考えられます。子馬への手入れの時間や方法については、各牧場に対してアンケート形式で調査をして分析をおこないました。しかしこの方法は失敗でした。どの牧場も、手入れは精魂こめて毎日やっているように記入されていたのです。おそらく25牧場すべてが事実を答えてはくれなかったものと思われます。
日常の作業の、ちょっとしたことも子馬のおとなしさに影響を与えているようでした。調査対象のある牧場で、放牧されている子馬たちを眺めていたとき、筆者はあることに気がつきました。いわばピカっと頭に灯が点いたのです。その牧場の子馬たちは、放牧地で頭絡を着けていなかったのです。そこで急遽他の牧場を調べてみると、少数ですが放牧子馬が頭絡を着けていない牧場がありました。しかもそうした牧場はおとなしい子馬ばかりいる上位の牧場に集中していました。これらの牧場は、頭絡を柵などに引っかけてケガをしないように、放牧地の入り口でわざわざ頭絡をはずし、集牧時には再度着けていました。手間はかかりますが、頭絡の着脱のときに一瞬、人と馬の距離がなくなります。その毎日の繰り返しが、子馬の人に対する信頼関係の醸成にも役立っていたものと考えられました。
■離乳後の変化
さて、こうした子馬のおとなしさに関する調査は、子馬たちが離乳(およそ6ヶ月齢)したあと、セリに出場したり他の牧場に移動したりする14ヶ月齢前後まで続けました。解析の結果、各牧場で生産された子馬のおとなしさを示すスコアの平均値は、3ヶ月齢と14ヶ月齢との間で有意な正の相関関係が認められました。すなわち、3ヶ月齢での子馬たちの様子をみれば、ほぼ1年後の子馬たちの行動を予測することができるということです。だからといって生まれて3ヶ月までに、子馬の性格が決まってしまうということではないようです。
牧場ごとに詳しく検討した結果、特定のいくつかの牧場の子馬たちだけが、離乳を境に目に見えておとなしくなっていることが見出されました。
そうした牧場の共通点は@比較的大規模な牧場であること、A離乳を境に子馬たちが繁殖厩舎から育成厩舎に移動したこと、でした。子馬が離乳後におとなしくなったこれらいくつかの大規模牧場は、全部の従業員を正規の社員でまかなうことができず、近所の主婦をパートの従業員として雇っていました。彼女たちは、もっぱら離乳前の子馬のいる繁殖厩舎で働いていました。一方、馬扱いのキャリアを持った正規の従業員は、主に育成厩舎に配属されていました。子馬といっても、離乳して育成期に入れば体も大きくなり、力もついてくるからです。おそらく、取り扱う人間が、いわば素人からホースマンに代わったことで、子馬の人に対する行動が、改善の方向に変化したものと考えられました。
理想的な競走馬を育てるためには、働く人の数も重要ですが、その質も問題になるといえます。サラブレッド生産は、すぐれて労働集約型の産業であると、あらためて気づかされる成績といえるでしょう。
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頭絡を着けた放牧子馬 |
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| 頭絡を外した放牧子馬 |
(競馬ブック 2010.9.19号 掲載)
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