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陸上に暮らす普通の動物にとっては、水中での呼吸はエネルギーの要る重労働であるのが普通で、人間であれば、スノーケルを通してもせいぜい50cmくらいの深さまでしか呼吸は出来ない。もちろん、息を止めて深く潜るとなれば、有名な故ジャック・マイヨール氏のように100mを超える深さまで素潜りで潜水できるような人もいる。哺乳類一般まで話を広げれば、ウェッデルアザラシやマッコウクジラなどのように1000mを越える深海まで潜水可能な哺乳類もいる。ただし、これらの動物は水中に長く潜っていることが出来るような特殊な進化をしており、普通の陸上動物が水面近くを泳ぐ時と比べることは出来ない。
■サラブレッドの呼吸
呼吸するには、胸郭を広げて胸腔の容積を大きくすることで、胸膜で胸壁にピッタリと付いている肺を膨らませる必要がある。胸腔の容積が大きくなると、胸腔内の圧力は大気圧よりも低くなる。つまり、大気圧を760mmHgとすると、息を吸うときには胸腔内の圧力は760mmHgよりも低くなり(760mmHgを0とすると、それよりも圧力はマイナスになる;陰圧になる)、空気はひとりでに肺の中に入っていくというわけである。
陸上で安静に呼吸しているときには、胸腔内の圧力を大気圧よりも僅かに陰圧にすることで、空気は自然に肺の中に入る。全速力で走行中には、安静にしているときよりも多くの空気を吸い込む必要があり、胸腔内の圧力をもっと下げなければならない(陰圧の度合いを大きくする)。ギャロップで全力走行時の胸腔内圧の変化をみてみると、吸息時の胸腔内圧は、大気圧を0としてマイナス50mmHg程度まで陰圧となるのが普通である。一方、呼息時には胸腔内の圧力はプラス40〜50mmHgの陽圧になっていて、肺内の空気を外に出す役割を演じている。
サラブレッドがギャロップで全力疾走中の1回の呼吸量(1回換気量)は15〜18_。1分間の呼吸数が120〜140回とすれば、1分間に肺に出入りする空気量(分時換気量)は1800_を超えるほどになる。
■水泳中の呼吸
動物の体が水中に入ると、水圧を受ける。すると、陸上で呼吸している時よりも、水圧が胸壁にかかることで胸郭を広げるのが困難になってくる。つまり、息を吸い込むのが難しくなってくる訳だ。一方、息を吐くときには胸壁が水圧で押されるので、一層はげしく息を吐くことになる。水泳中の馬の呼吸循環機能を評価したJRA競走馬総合研究所の成績によると、水泳時の最も特徴的な変化はまず呼吸にあらわれていた。
ギャロップで走行中の呼吸はストライドに一致し、1回のストライドに1回の関係があり、呼吸数は1分間に120〜140回程度である。一方、水泳中の呼吸数は1分間に30回ほどであった。水圧により吸息が困難になっているので、吸気の時間が短く、息を吸うのに苦労していることがわかる。吸息時の胸腔内圧はおよそマイナス20mmHgくらいで、陸上走行時よりもあきらかに陰圧の程度は小さい。一方、息を吐くときには、胸壁が水圧に押されることもあってか、大きく息を吐き、呼息時の胸腔内圧はプラス100mmHg近い陽圧になっていた(図1)。
サラブレッドの肺活量は40〜45Pである。つまり、精一杯息を吸ったとしても1回に吸い込む空気の量は、これが上限である。水泳中の1回換気量がどれだけであるかは測定されていないが、陸上で走行中よりは多く、肺活量よりは少ない値であることは確かだ。およそ30Pと推測すると、1分間では30×30Pとなり、分時換気量はおよそ900Pとなる。この数値が正確かどうかは分からないが、肺活量一杯に吸い込んだとしても、1分間に1200Pであり、野外を疾走するのに比べて明らかに換気量は少ないといえる。
換気量が少ないことは、動脈血の性状にも大きく影響している。肺で取り込まれる酸素量が減るため、動脈血中の酸素分圧は大きく低下していた。つまり、明らかに“息苦しい状態”で運動していることになる。このことが水泳運動の大きな特徴の一つといえよう。
(競馬ブック 2010.10.3号 掲載)
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