競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.47 〜水泳の科学3〜

 水泳中の馬の呼吸循環機能の大きな特徴は、水圧により呼吸、特に吸息が制限されることである。呼吸数は1分間に30回程度になるため、分時換気量も少なくなる。一回換気量をおよそ30_と推測すると、1分間では30_30_となり、分時換気量はおよそ900_となる。この数値が正確かどうかは分からないが、馬の肺活量と目される40〜45Pまで一杯に吸い込んだとしても、分時換気量は1200_であり、野外を疾走するのに比べて換気量は少ないといえる。

■潜水時の心拍数

 動物が水中に入った場合には、潜水反射という現象が起こることが知られている。潜水反射というのは、アザラシなどが潜水するときに、重要な臓器である脳に対する血流を維持するために、その他の器官に対する血流を少なくする反射をいう。そのため、潜水により心拍数は低下する。ウェッデルアザラシでは、安静時に60拍/分程度の心拍数が、通常の自然潜水時においても15〜30拍/分程度まで低下することが知られている。潜水に関するデータに関しては、以前は実験環境下でのデータが主であったらしいが、近年では小型のデータロガーが開発されとことにより、アザラシやペンギンなどの自然環境下における潜水中の行動や生理学に関する記録が容易になり、思わぬ結果が得られているようである。

■水泳時の心拍数

 水泳中の馬の心拍数を測定したデータによると、心拍数は170〜200拍/分であることが多く、陸上運動のように最大心拍数と目される230拍/分まで増加することはないようである。水泳時のスピードは人が付いて歩くことが出来る程度である。ゆっくりと泳いでいる馬を、人間が早足になるくらいまで速く泳がせても、心拍数を200拍/分を大きく越えるまで増加させることは難しい。もっとも、馬は、スピードや順位を競う競技として泳いでいるわけではないので、本当に全力で泳ぐと、心拍数はもう少しは高くなるのかもしれない。
 一般に、息を吸っているときには、胸腔内が陰圧になるため、胸腔内へ移動する血液量は増える。その結果、心臓に戻ってくる血液還流量が増えることになる。心臓は静脈からの血液還流量が多いときには、それを送り出すために心拍数を増やすという性質を持っているので、息を吸っていると時には心拍数は増加する。逆に、息を吐いているときには、心臓への静脈還流量は減少するので、結果として心拍数は減るというわけだ。呼吸と心電図を同時に記録すると、呼吸のサイクルが心拍数に影響を及ぼしているのがよくわかる。イヌなどでは特に顕著である。
 馬が水泳しているときには、水圧により吸息が制限され、呼息が助長される。これらのことも、水泳中の心拍数が低下していることのひとつの理由でもあろう。

■水泳時の呼吸循環機能

 JRA競走馬総合研究所で、水泳時の呼吸循環機能を評価するための実験が行なわれた。水泳時の呼吸循環機能の特徴を明らかにするために、これらの馬たちをトレッドミル上で走らせたときのデータも同時に記録した。水泳時には、あまりゆっくりと泳ぐ馬については、多少速く泳がせることもあったが、基本的には馬がほぼ自分のペースで泳ぐスピードのときのデータを記録した。一方、トレッドミル上では、最大心拍数に達するまでの強い運動を負荷した。
 結果をみると、水泳時の平均心拍数は175拍/分であり、運動強度としては最大心拍数と安静時心拍数から換算すると、75%HRmax程度の運動であった。同時に測定した血中乳酸濃度は平均3.5mmol/l。運動としては、いわゆる有酸素運動の範囲である。一方、トレッドミル運動では、もちろん心拍数は220拍/分をこえるまで増加したが、心拍数が175拍/分くらいのときの血中乳酸濃度は平均4.1mmol/lであった。これは、つまり、心拍数からみた相対的な運動負荷が同じであれば、運動に必要なエネルギーは同じであることを示している。しかしながら、動脈血酸素分圧は、同じ心拍数のときで比較して水泳時で明らかに低いだけでなく、トレッドミルでの最大運動時を下回るほど低下していた。また、水泳時の動脈血二酸化炭素分圧は、明らかに異常と思われるほど高い値を示していた(図1)。これらのことは、水泳中には換気の制限が大きいことを示している。
 走路における運動時に比較すると、水泳中の心拍数は相対的にはそれほど高くはないが、呼吸の面から見ると、陸上走行とは多少質の異なる運動であることは事実である。プールの導入以来、水泳は競走馬のトレーニングのひとつとして普及してきた。呼吸に負荷の大きい有酸素運動であり、体力の調整。維持には適した運動であると考えられる。

(競馬ブック 2010.11.7号 掲載)



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