競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.48 〜トレーニングと休養1〜

 スポーツ選手が体力を維持・向上させるためにはトレーニングを継続していく必要があるが、疾病などのためにやむを得ずトレーニングを休止しなければならないこともある。このようにトレーニングをある期間中止することをdetraining(ディトレーニング)といい、脱トレーニングあるいはトレーニング中止などと訳されている。
 一方、順調に競技生活を送っているスポーツ選手では、完全にトレーニングを休止することはむしろ少ないことも現実であり、試合の間隔が開くときには、体力を維持しつつ、体をメ休養モさせることが重要な問題となってくる。つまり、トレーニングの強度を下げた上で体力を維持することが必要となる。このような場合は、reduced training(減少トレーニング)などと呼ばれている。
 一流スポーツ選手といえる競走馬にとっては、疾病による休養あるいは次走までの間隔が長くなる場合の過ごし方など、広い意味でのいわゆる休養の問題は、今後重要な問題となってくると考えられる(図1)。

■休養と最大酸素摂取量(VO2max

 世界の研究機関でサラブレッドのトレーニング実験に用いられている馬のほとんどは脱トレーニングされた成馬である。それらの馬たちのVO2maxはおよそ120〜130 ml/kg/minであり、この値はトレーニングを開始していない若馬とほぼ同様である。トレーニングにより高まったVO2maxはトレーニングを中止すると徐々に低下する。
 シドニー大学のグループは、サラブレッドを6週間トレーニングした後、6週間狭いパドック内において休養させると、トレーニング終了後わずか2週間でVO
2maxがトレーニング前値とほぼ同様なレベルまで低下したことを報告している。この結果は、ヒトの鍛錬したスポーツ選手と同様な成績である。サラブレッドはトレーニング開始前においてもすでに優秀な運動選手であると考えられるので、ヒトのスポーツ選手と同様にトレーニング休止後に迅速な低下がみられるのかもしれない。
 ベルギーの研究者は、トレーニングが終了してから1日15分間の常歩だけを3週間行なわせ、呼吸循環機能の変化を観察した。その結果、VO
2maxを含む多くの指標がトレーニング前値に復帰したことを示し、VO2maxの維持には高いレベルの運動が必要であると結論している。
 JRA競走馬総合研究所では、2歳の4月までトレーニングした後、広さ2haの放牧地に10週間、1日8時間の放牧を行なったサラブレッドの呼吸循環機能の変化を観察した。その結果、体重1kgあたりのVO
2maxや心拍出量などは減少したが、体全体でみたVO2maxは維持されていた。この結果は、放牧地における運動でも、酸素運搬機能の維持に関して、なんらかの影響がある可能性を示唆している。

■休養と骨格筋機能

 休養によりVO2max が減少すると、筋肉においても、VO2max の減少に関連する変化が起こる。スウェーデン大学のグループは、5週間のトレーニングによって上昇した骨格筋の酸化系酵素活性は、その後の5週間の脱トレーニングによってはあまり変化しないことを報告した。またシドニー大学のグループは34週間のトレーニングの後、6週間の脱トレーニングを行なった馬の成績を報告した。この報告によると、筋線維特性や毛細血管増生には脱トレーニングによる影響は観察されなかった。そして、筋線維特性の変化などを起こすのには脱トレーニング期間が短すぎたのかもしれないと考察している。他のいくつかの研究報告においても、いったんトレーニングによって上昇した筋の酸化能力は脱トレーニング期間を通して持続することが示されている。
 一方で、他の研究グループから、トレーニングにより上昇した酸化系の酵素活性が、その後の3ヶ月の脱トレーニング後にはトレーニング前の値にまで復帰したことが報告されており、必ずしも一致した結果は得られていない。その理由の一つとして、おそらく、脱トレーニングの期間と程度の違いが影響していると考えられる。脱トレーニングの期間が短い場合には、トレーニングによって招来された筋タンパク質(酵素)の変化は、それほど早くは元に戻らないのであろう。
 実際の競走馬におけるいわゆる休養の仕方は様々であり、その期間もまた様々である。休養の後はトレーニングが始まるわけで、休養中に酸素運搬系におこった変化を考えながら、トレーニング計画を策定することもまた有用であろう。

(競馬ブック 2010.11.28号 掲載)



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