競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.1

■あの名馬が教える究極のテクニック

 ディープ・インパクト。すでにターフからは去ったが、その名は、まだ記憶に新しい。「空を飛ぶ」と評した武豊騎手のコメントが、なおさらディープへの注目を呼んだ。競馬を見慣れたファンにとっても、躍動する彼のダイナミックな走りには、他の馬とは違った「何か」を感じたはずだ。その「何か」を確かめるため、JRA競走馬総合研究所の研究班が動き、あの年のダービー以降、高速度VTRカメラを担いで、ディープの走りを追いかけた。そして菊花賞。無敗での三冠を達成した彼の走りに隠された秘密を、初めて科学的に捉えることに成功。その成果はスポーツ新聞や競馬雑誌を通じて、広く一般社会にも伝えられたのである。当時の本誌(2005・12/3.4号)にも「その強さの秘密を徹底分析」と題してカラー刷りの特別記事が掲載された。覚えている読者もいることだろう。だからここで、それをそのままコピーするつもりはない。ディープが我々に教えてくれた究極の走りのテクニックとは何か?それを改めて検証してみることにしたい。それはきっと、現役時代のディープの大いなる遺産として、これからの競馬にも活かせるはずだ。

■チーターの如く

 武豊騎手は、あのときディープの走りを「チーター」にも例えていた。「空を飛ぶ」というコメントのインパクトの強さに押されて、それは忘れ去られてしまった感もあるが、そこにもディープの秘密が凝縮されていた。
 ご存知のように、4本のアシで歩く動物の多くは、キャンター(駈歩)やギャロップ(襲歩)というテクニックを持っている。もちろん2本アシの我々には無理なテクニックだ。
脱線するが、リメイク版の「猿の惑星」という映画を見たことがある。俳優が猿のメーキャップをして登場するが、彼らが走るときは両手も使ってキャンターを見事に演じていた。たとえ両手を使って「四つんばい」になっても、構造上、ヒトにはキャンターは無理なのだが・・・。特撮だったのだろうか。その疑問は忘れて、話を本題に戻そう。
 本来、キャンターは歩幅を拡大するテクニックなのである。自分自身に置き換えて、歩幅を拡大するための方法を考えてみよう。歩いているときは、たとえば右アシで体重を支え、左アシを前方に振り出して着地する。次の一歩は、左アシに体重を移して、右アシを自由にし、地面から引き上げて前方に振り出す。このとき、歩幅を拡大するなら、アシを大きく振り出せばよい。つまりアシの付け根の股関節の可動域を広げればよいのだ。片方のアシを地面に着けたままでは、歩幅の拡大にもいつか限界がくる。さらに歩幅を広げるなら、振り出すアシが着地する前に、体重を支えていたアシで地面を蹴って空を飛べばよい。ヒトはそこからが「走り」になる。実は4本アシのウマも、常歩(なみあし・じょうほ:ヒトの「歩き」)と速歩(はやあし、そくほ:ヒトの「走り」)のときは、基本的には同じテクニックで歩幅を稼いでいる。歌舞伎などに登場する二人の俳優が扮したウマを思い浮かべれば判りやすい。前アシと後アシを演じる俳優が独立して、それぞれ左右のアシを動かし、歩幅を作り出しているのだ。二人の俳優の歩幅やアシを動かすリズム(ピッチ)が異なれば、作り物のウマの胴体が縮んだり、伸びたりするだろう。本物のウマなら前後のアシの動くリズム(ピッチ)は同じだから、前後のアシの歩幅はまったく同じだということになる。
さて、ヒトとは違って、4本アシのウマは、歩幅をさらに拡大するテクニック(歩法)を使える。それがキャンターやギャロップである。
 ギャロップを例に説明しよう。まずは左右の後アシを前アシよりも先に地面に着ける。このとき左右の後アシも少しタイミングをずらせば、ここでも歩幅は作れる。次に後アシで馬体を支えながら背骨を伸ばして左右の前肢をなるべく前方に送り出す。そして左右の前アシを同じように順次着地させる。最後に着いた前アシで地を蹴り、空を飛ぶ。そして再び後アシの着地につなげる。このテクニックを使えば、一完歩(一歩)の歩幅は、飛躍的に大きくなる。つまり、ギャロップでは4本のアシが協力して歩幅を作り出している。左右の後アシが作る歩幅。背骨を伸ばして後アシと前アシとが作る歩幅。左右の前アシが作る歩幅。そして空を飛んで作った歩幅だ。この4つの歩幅のうち、一般的には「空を飛んで作る歩幅」が最も大きい。次が「後アシと前アシが作る歩幅」。地上最速を誇るチーターの走りは、実はこの「後アシと前アシが作る歩幅」の大きさに特徴がある。それは背骨のしなやかさがあってこその走りのテクニック。本来、ウマが苦手とするテクニックなのだが・・・。では、武豊騎手がディープに感じた「チーターのような」走りとは?
(つづく)

   

(競馬ブック 2008.1.13号 掲載)


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