競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.1 〜サラブレッドのスピード〜

■運動生理学と競馬

 ディープインパクトの走りはいまだに競馬ファンの間に相当強烈な印象を残しているようだ。走行フォーム(技)の面からみても、特徴ある素晴らしいフォームをしていたのに加えて、走行タイムも優秀だった。ダービーでも2分23秒3のレコードを記録しているし、天皇賞・春のレコードホルダーでもある。瞬間的なスピードは分からないが、ラストランとなった有馬記念の最終コーナーでのスピードは際立っている。おそらく、瞬間的にはハロン11秒をきるようなスピードだったに違いない。
 サラブレッドが最高スピードで走っているときは、筋肉は目一杯働き、もちろん心肺機能も目一杯働く。このように、運動しているときに体のいろいろな機能がどのように働いているか調べるのが運動生理学である。全力で走ると、すぐに心臓がドキドキし、息が切れるのは誰でも経験することであるが、心臓や肺の働きは目には見えないので、その機能を想像するのは難しい。
 今回の連載の“体”の部分では、サラブレッド競走馬の能力発揮に重要な役割を演じている心肺機能を中心に運動生理学的に解説していきたいと思っている。時には若干難しい解説になるかもしれないが、ご容赦いただきたい。

■動物界の名ランナー

 サラブレッドは地球上の数ある動物種の中でも、最も優秀なランナーのひとつであると考えられている。一般によく知られている最速の動物はチーターで、一説によれば、最高スピードは時速110kmにも達する。野生動物が自然界で全力疾走しているときはジグザグに走ったりするのが普通なので、走行スピード(移動距離÷時間)を正確に測るのは実は難しく、それほど速くないのではないかと言っている人もいるらしい。ともあれ、相当のスピードであることは間違いないが、チーターはそれほど長い時間走り続けることは不可能で、せいぜい10〜20秒が関の山である。いってみれば、超短距離走のスペシャリストである。これに対し、走行スピードも速く、しかも持久力を兼ね備えているといわれているのがレイヨウの仲間で、なかでも北米大陸に住むエダヅノレイヨウ(プロングホーンアンテロープ)は非常に優秀なランナーである。最高スピードは時速90kmにも達するといわれ、時速70km以上でも数分間走ることが出来るのではないかと考えられている。
 野生動物の走行スピードを正確に測定するのは難しいし、そのスピードでどれほど長く走ることが出来るかはよくわからない。それはなぜかと言えば当たり前の話で、野生動物は競技として優劣を競っているわけではないからだ。
 競技としてスピード(走行タイム)を競っている動物としては、まず人間のスポーツ選手が挙げられる。男子陸上選手の最高スピードは2008年1月時点で、短距離では100m走の時速36.96km(9秒74)、長距離では男子マラソンの時速20.35km(2時間4分26秒)である。ハロンタイムでいうと、前者はハロン19.5秒、後者はハロン35.3秒に当たる。マラソンの場合は、走行時間の長さを考えると意外に速いともいえそうだ。
 人間以外で、競技としてスピードを競っている動物は数少ない。有名なのはドッグレースに使われるグレイハウンドやウィッペットで、時速65kmを超える速さに達するという。意外に速いのはダチョウで、時速60kmくらいで走行できるようだ。

■ダービーのスピード

 スピードを競う動物の代表選手はサラブレッドである。サラブレッド競走馬の晴れの舞台であるダービー時のスピードをみてみると、ケンタッキーダービーレコードを持つセクレタリアト号は時速60.7kmの平均スピードで10ハロンを走り、日本ダービーレコードを持つキングカメハメハ号とディープインパクト号は時速60.3kmの平均スピードで2400mを走っている。過去の両ダービーの平均スピードをみてみると(図1)、年をおって徐々にスピードが速くなっているものの、そろそろ上限に近づいているようにもみえる。いずれにしても、時速60kmほどのスピードで2〜3分走っていることは間違いなく、スピードと持久力の両方に優れた動物であることは確かである。
 次回は競馬の時のスピードと走行タイムからみたときに、競馬がどのようなスポーツであるかについて考えてみよう。

   

(競馬ブック 2008.1.20号 掲載)


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