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“技の章”の初回に続き、ディープ・インパクトに騎乗した武豊騎手に「チーターのような」と言わしめたディープの走りに迫ろう。
■究極のギャロップ、チーターの走り
ギャロップは、ほ乳類だけが獲得した究極の陸上歩行のテクニック。それが証拠に、両生類やは虫類は、どんなに頑張ってみてもギャロップでは走れない。もちろん、四足歩行のほ乳類であっても、ギャロップのテクニックを今では使えなくなったグループもいる。それら例外は忘れて、陸上歩行の究極であるギャロップの特徴を探ろう。とにかくこのテクニックの特徴は、歩幅を飛躍的に拡大することにある。まず、パドックを常歩(なみあし)で悠然と周回する競走馬や小走りで馬道を引き上げてくる彼らの足下に注目して欲しい。彼らが常歩をしているとき、前肢と後肢が交互に接地しながら、4本のアシが順を追って動いているはずだ。「チャカ」ついているとき、あるいは小走りで動いているときは速歩(はやあし)である。そのとき、前肢と後肢はほぼ同時に着地している。
ところがギャロップは、まず左右の後肢を前肢よりも先に着地させて、体重を支えながら胴体、つまり背骨を前方に可能な限り伸ばして、なるべく前肢を前に送り出そうとするテクニックなのである。このテクニックを究極まで高めた走りこそ、「チーター」のギャロップである。
チーターを含むネコ科の動物は、総じて背骨が軟らかい。ネコが獲物に飛びかかる瞬間、その背中を大きく上方に曲げて丸くすることを思い出して欲しい。それは背骨が柔らかいネコ科動物だからこその動作である。前こごみに背骨を曲げた人を「猫背」というが、ネコにとっては迷惑な喩えだろう。肉食のネコ科動物は、胃や腸などの消化器官がシンプルで軽い。腹部の重さを支える背骨の負担も少ない。だから背骨が柔らかいままでも耐えられる。その背骨の柔らかさを利用すれば、ギャロップで歩幅を拡大するにも効率がよい。左右の後肢を着地して、たわめた背骨を精一杯伸ばし、前肢を大きく前方に送り出すことができる。さらにネコ科の動物は全速力で走るとき、背骨の伸展だけでなく、後肢で地面を強く蹴り、この瞬間にも「空を飛ぶ」テクニックを繰り出すのである。前肢で地を蹴り「空を飛ぶ」ことも含め、一完歩(四足動物の一歩)に2回も「空を飛ぶ」のである。こうして大きな歩幅を獲得したネコ科のチーターは、さらに身体の軽さと長いスリムなアシを手に入れ、地上最速のランナーと呼ばれる走りを実現しているのだ。ちなみに彼らは、瞬間的には時速100kmを超える走りを繰り出すことができる。

■腰が、かなめ
競走馬にチーターのような走りは可能だろうか?
もうおわかりだろう。それは無理な注文なのである。チーターよりも複雑な消化器官を持つ草食動物であるウマは、腹部の重さに耐えるため、背骨を曲がりにくい構造に改造して生存競争を生き延びた動物なのだ。だからどんなに頑張ってみても、後肢を着地させたあと、チーターのように背骨を大きく伸ばして歩幅を稼ぐことは難しい。ましてウマは大型動物だ。この瞬間に「空を飛ぶ」ことは大きなエネルギーロスに繋がる。ただし、ジャンプレースを走る競走馬が障害物を飛越する瞬間は、後肢で地を蹴り、チーターのように「空を飛ぶ」。チーターは、それを連続して繰り出せるが、それは背骨が硬く、身体が重いウマには無理な芸当だ。
それでは、武騎手をして「チーターのような」と言わしめたディープの走りとは?
VTRで撮影したディープのフォームを調べてみると、後肢を前方に振り出すとき、骨盤が大きく前方に回転している。腰が大きく沈み込んでいたのだ。それはライバルたちに比べ、明らかに大きな動きだった。そんな骨盤の動きは、背骨の一部、腰椎(鞍の後ろの部分)の柔軟性が作り出していたのだろう。ウマの背骨は総じて硬いとはいえ、ディープの背骨、特に腰椎が柔らかかったに違いない。そんな微妙な背骨の柔らかさを察知して「チーターのような」と表現した武騎手の感性には、改めて脱帽である。ただし、背骨や腰椎がただ柔らかいだけでは速くは走れない。背骨の柔らかさを活かせる強靱で柔軟な背筋と腹筋のコンビネーションがあって、初めて「チーターの如く」走ることができる名馬が生まれるのだろう。
引退後のディープの種付けを見学した。そこでも彼は絶妙なテクニシャンだという。小さなディープが自分よりも大きな牝馬に乗りかかる動作は、間違いなく背骨、それも腰椎の柔らかさに裏打ちされた軽やかさだったのである。(つづく)

(競馬ブック 2008.2.3号 掲載)
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