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ウマの後ろアシは、正しくは“後肢”という。が、業界ではなぜか“トモ”あるいは“トモアシ”という。今回は、その“トモ”にスポットを当て、“あの名馬”のテクニックの一端を紹介しよう。
■トモの振り出しに隠された秘密とは
ディープが腰の柔らかさを利用して、骨盤の大きな沈み込みを演出していたことは、すでに紹介した。その骨盤の動きは、トモを大きく前方に振り出す動作を助けている。前回の記事で紹介したディープとライバルの走行フォームを思い出して欲しい。彼はライバルよりも明らかに大きくトモを振り出していた。こう書けば、それは歩幅の拡大を狙った動作だと思う読者もいることだろう。だが、それは違う。ディープは大きく前に振り出したトモを後ろに向かって引き戻しながら、ライバルたちとほぼ同じ傾斜角度で着地していたのだ。これでは歩幅の拡大には役立たない。一見、無駄に思えるトモの大きな振り出し。ところが、そこにもディープの凄さの秘密が隠されていたのだ。
■アシと車のタイヤを比べてみよう
なぜディープは、トモを大きく前に振り出していたのだろう。その理由を、タイヤの動きと比べて考えてみよう。
車のタイヤは、ドーナツのような形をした外周部分が路面に接触し、タイヤの回転が産み出す推進力(駆動力)を路面に伝えている。路面に接触する部分は、タイヤの回転に合わせて常に変化している。タイヤの回転にブレーキがかからなければ、そこに制動力は生まれない。
アシではどうだろう。それは1本の支柱のような構造だ。タイヤと違って、アシの先端部分が馬体を支えながら、アシ全体が後ろに引き戻されていく。アシが地面を離れた後も、そのまま付け根の関節の回りを360度回転して再び接地するなら、タイヤと似た動きになるが、現物のアシではそうはいかない。後ろに引き戻されたアシは、地面を離れた後、次の一歩に向けて前に振り出され、再び着地を迎える。このとき、振り出されている最中や、振り出しが終わって折り返す瞬間に、アシが着地を迎えたら・・・。そう、そこには大きな制動力が生じてしまうのだ。この制動力は「地面からの衝撃」と言い換えることもできる。それが小さければ、走る速度が落ちる程度のリスクですむ。が、限界を超える大きな制動力や衝撃力が働けば、予期せぬ大事故にもつながりかねない。
勘の良い読者なら、もうお判りだろう。着地点を超えてアシを大きく前に振り出す動作は、着地に向かってアシを後ろに引き戻し、地面からの衝撃を緩和するための安全対策なのだ。大小の差はあれ、安全対策のためのこの引き戻し動作は、前アシにも存在している。もちろんディープに限らず、ライバルたちも同じ動作を繰り出している。それどころか、我々だって速く走るときは、同じ動きをしているはずだ。
■引き戻し動作に秘められたもう一つの効果
自転車に跨り、ペダルを踏まずに、アシで路面を蹴って自転車を動かすことを想像して欲しい。自転車を加速するには、アシを大きく前方に振り上げて、そこからアシを後ろに強く引き戻せば効率が良い。自転車が進む速度よりも速くアシを後ろに引き戻せれば、大きな推進力を産み出し、自転車を加速させることができるだろう。前アシよりも大きな推進力を産み出すことができるトモでは、なおさらこの効果が求められるのだ。
もうお判りだろう。ディープは、骨盤の沈み込みも利用して、ライバルよりもトモを大きく前に振り出し、そこから今度は強くトモを後ろに引き戻して、トモの動きに後ろ向きの十分な加速を与えていたのだ。それは、着地の瞬間に生じる地面からの衝撃や無駄な制動力を抑え、さらには大きな推進力を産み出すための効率的なテクニックとも言える。
「ディープは蹄鉄が減らない」。専属装蹄師が驚きながら伝えてくれたその事実には、トモのこの動作こそが深く関わっているはずだ。が、その謎解きは、また別の機会に譲ることにしよう。
パドックを周回する競走馬。その足元を見つめても、このアシの振り戻し動作を見いだすことはまずできない。それは歩く速度が遅いからである。競馬中継をVTRに録画して、スロー再生でじっくり観察すれば、目の良い読者なら、それが見えるかも?(つづく)


(競馬ブック 2008.2.24号 掲載)
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