競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.3 〜競馬とエネルギー供給・その1〜

 競馬は陸上競技で言うと中距離走に当たるわけだが、800m走などの中距離走が大変苦しいことは、経験的にもよくわかる。苦しいということは、それだけ多くのエネルギーが必要ということでもある。今回の連載では、エネルギーの作られ方を簡単に説明し、運動とエネルギーについて考えてみよう。

■エネルギーはATPから供給される

 運動している時はもちろん、安静にしている時でもエネルギーはたえず作られている。そうしなければ動物は生きていけないからだ。体の中でエネルギー物質といわれているのは、ATP(アデノシン3リン酸)と呼ばれる化学物質。このATPからリン酸がひとつ取れてADP(アデノシン2リン酸)になるときに、エネルギーが放出される。このエネルギーを利用して動物は筋肉を収縮させ、運動している。運動し続けるには、筋肉の細胞の中でATPを作り続けなければならない。
 細胞の中でATPを作る反応は、グリコーゲン(ブドウ糖が多数結合している糖質)の分解から始まる(図1)。最初の一連の反応でピルビン酸という物質が作られる(解糖という)。グリコーゲンがピルビン酸になるまでの反応では、酸素(O
2)は使われないでATPが作られる。
 生成されたピルビン酸は、細胞の中にあるミトコンドリアという器官に入り、酸素(O
2)を使った複雑な反応の後、最終的に二酸化炭素(CO2)と水(H2O)に分解される。その過程で、ATPが大量に作られる。
 動物がブドウ糖と酸素から水と二酸化炭素とエネルギーを生成する反応は、「呼吸」と呼ばれている。私たちが呼吸をすることで、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しているのは、全身の細胞が生きていくためにエネルギーを作っているからだ。私たちが、鼻(口)で呼吸をしているのは、全身の細胞が呼吸していることに他ならない。

■有酸素的なエネルギー供給と無酸素的なエネルギー供給

 グリコーゲンがピルビン酸になるまでの化学反応では、酸素が使われないので、無酸素的(嫌気的)なエネルギー供給と呼ばれることがある。一方、ミトコンドリアでは、酸素が使われる反応によってATPが作られるので、有酸素的(好気的)なエネルギー供給と呼ばれることがある。前者では、ATPの生成スピードは速いが、ブドウ糖1分子からできるATPの数は少ない。一方、ミトコンドリアでATPが生成されるときは、その生成スピードは遅いが、多くのATPが作られる。つまり、ミトコンドリアで行なわれるATP生成は大変効率的なわけだ。
 有酸素性に作られても無酸素性に作られても、作られ方が違うだけで、作られるATPは同じである。時折、有酸素エネルギーあるいは無酸素性エネルギーと記述されることがあるが、どちらもATPであることには変わりない。

■運動がきついほどエネルギーが必要

 安静にしている時や運動の強度が弱い時には、ATPは主としてミトコンドリアで作られる(実線の矢印)。つまり、酸素を使った反応で主に作られることになる。次第に運動の強度が強くなると、多くのATPが必要になる。ミトコンドリアで多くのATPを作るためには、それだけ酸素も多く必要になるので、酸素が肺から取り入れられることになる。運動すると息がハアハアするというのは、このためだ。
 さらに運動がきつくなると、ミトコンドリアで作られるATPだけでは足りなくなる。ミトコンドリアでのATP生成には酸素が必要であるが、動物が体内に取り込むことの出来る酸素の量には限度がある。このような状態からさらに運動がきつくなると、つまりATPがもっと必要になると、グリコーゲンからピルビン酸までの糖の分解が一層亢進することによって(点線の矢印部分が増える)、ATPの生成が増加する。結果的にピルビン酸が増えるわけだが、ミトコンドリアで処理されるピルビン酸の量は決まっているので、残りのピルビン酸はとりあえず一時的に乳酸という物質に変えられる。作られた乳酸は、けっして老廃物というわけでなく、ピルビン酸にもう一度変換されるなどして、エネルギー源として再利用される。
 すなわち、全力疾走のような激しい運動では、ミトコンドリアで大量のATP生成が行なわれるが、それでもATPが足らないので、糖の分解が亢進しているというわけである。

■競馬ではエネルギー供給はフル稼働

 競馬で全力疾走しているときには、有酸素性のエネルギー供給も無酸素性のエネルギー供給も同時にフル稼働している。つまり、酸素を体の中に取り込み全身に送り届ける心臓も肺も全力で働いているのだが、それでもATPが足らないので、糖分解も亢進してATPを作っているのである。

(競馬ブック 2008.3.2号 掲載)


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