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大きな推進力を産み出す“トモ(後肢)”の振り出し動作。そこに隠された秘策を前回は紹介した。そんなテクニックを駆使し、トモで地面を捉えたウマは、次には前肢の着地に向けて努力することになる。
■ウマが選んだ“背伸び”のテクニック
ギャロップでは、先に左右のトモが着地し、その後、左右の前アシが順次着地する。このとき、トモで体重を支え、地面に推進力を注ぎ込みながら、前アシを可能な限り前方に着地させようと頑張るのだ。それはギャロップにとって、歩幅を稼ぐための重要なテクニックである。“技”の章≪Vol.1≫の説明を思い出して欲しい。ギャロップが作り出す大きなストライドは、4つの歩幅で成り立っていること。そして、トモと前アシとが作る歩幅(ミッドステップ)は、空を飛んで稼ぐ歩幅の次に大きいことを。このトモと前アシとが作る歩幅を、どう伸ばすか。それはギャロップを駆使する動物にとって共通の命題なのだ。ウマも、胴を精一杯伸ばして、前アシをなるべく前方に送り出す努力はしているはずだ。が、チーターと違って、背骨同士の連結が硬いウマでは、背伸びをするのは容易なことではない。そんなハンディを念頭に置いて、再びディープの走りに目を向けてみよう。
前方に送り出された左右の前アシのうち、まずどちらか1本のアシが先に着地する。このアシが着地した瞬間のフォームを、ディープとライバルとで比べてみた。このときのトモの状態に注目して欲しい。特にトモの中程辺りにある関節、つまり飛節の位置がキーポイントだ。ライバルたちは、飛節がまだ蹄よりも後ろにある。ところがディープの飛節は、蹄を通り過ぎ、トモ全体が前傾した状態にまで達しているのだ。トモが着地してから、ここまで辛抱して前アシを前方に送り出している。トモと前アシが作る歩幅、つまりミッドステップが、その分だけ伸びるのは当然だ。一見、簡単そうに見えるこのテクニック。だが、これを実践するには、背筋と腹筋の強靱さに加え、馬体全体の絶妙なコンビネーションが必要なはずだ。疲労していない状態なら、他の競走馬たちにも可能かもしれない。だが、VTR
から抽出されたこのフォームは、ディープが三冠を達成した菊花賞のゴール前、100m地点のものなのだ。2,900mもの長丁場を走り、疲労がピークに達した時点で、このテクニックを繰り出せるディープ。そこにはテクニックだけではなく、いずれは“体”の章で語られるであろう≪心肺機能≫の強靱さも関係しているに違いない。今更ながら驚かされるディープのタフさである。背骨が硬く、“チーターの如く”走れないディープの、チーターに近づこうとした努力がここにある。
■それは四肢の独立運動?
ディープの、その努力を別のデータから見てみよう。
この階段状の棒グラフは、横軸に時間の経過をとり、四肢の着地している時間を順次、並べたものだ。上段がディープ、下段がライバルたちを含めた平均値。注目して欲しいのは、後から着地したトモ(手前後肢)と、その次に着地する前アシ(反手前前肢)とが重なる時間帯の長さだ。ディープはその重複時間(オーバーラップタイム)が、平均値に比べて、明らかに短い。トモで体重を支え、なるべく我慢して前方に前アシを着地させようとすれば、それは必然的な結果だろう。2本のアシの重複時間を減少させる同じような傾向は、左右のトモの間にも見てとれる。このようなテクニックは、歩幅を拡大するには不可欠な要素である。が、そのためには個々のアシが独立して働かなければならない。いわば四肢の独立宣言だ。その代わり、個々のアシへの負担も当然、増大するはず。だから、これを実践するのは容易ではない。
因みに、米国が誇る伝説の三冠馬“セクレタリアト号”も、同じようなテクニックを備えていたと言う。セクレタリアトやディープの他にも、同じテクニックでターフを駆け抜けた名馬はいたことだろう。だが、その優れたテクニックを備えていたゆえに、アシのトラブルに見舞われ、志なかばでターフを去った名馬も少なくはなかったに違いない。ディープは、それでも最後まで無事に走り切った。その理由の一つは、この動作に続いて繰り出される前アシのテクニックにもあったのかもしれない。次回は、その前アシのテクニックに迫ろう。(つづく)
(競馬ブック 2008.3.16号 掲載)
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