競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.5 〜競走馬のスタミナ〜

■有酸素的なエネルギー供給能力がスタミナのもと

 前々回から説明したように、エネルギーを供給する方法には大きく分けて2種類ある。そのうちで、ミトコンドリアにおいて行なわれる酸素を使ったエネルギー供給(有酸素的なエネルギー供給)は、エネルギーを効率よく作ることができる。つまり、有酸素的なエネルギー供給能力が高いと、持久力は高くなる。スタミナ(持久力)があるスポーツ選手というと、たいていの人はマラソン選手を思い浮かべるだろうが、サラブレッドのスタミナはどうなのだろう。

■最大酸素摂取量(VO2max)

 有酸素的なエネルギー供給能力、つまり酸素を取り入れる能力が高ければ、スタミナがあるということになるわけだが、どうやって測ればいいのだろうか。
 持久力がどれだけあるかということを客観的に評価するときには、“最大酸素摂取量(VO2max:ブイ・オーツー・マックス)”が物差しにされる。これは、文字通り、体内に摂取できる酸素(O2)の量つまり体内で消費できる酸素の量の最大値を示す。通常は1分間あたりに体内に何 P 取り入れることができるかで表される。ただ、そうすると、体が大きくて体重の重い動物のほうが当然のように数値が大きくなる。そのため、通常は体重の影響を少なくする目的で、体重1kgあたり・1分間あたりに摂取できる酸素の量に換算して表されることが多い。例を挙げると、私たち一般人は体重1kgあたり・1分間あたりで30〜40 mP程度の値であり、一方スタミナがあると考えられるマラソン選手などは80 mPくらいになる。

■サラブレッドの最大酸素摂取量

 これに対し、サラブレッドでは未調教の2歳馬でも体重1kgあたり・1分間あたりの値で130〜140 mP、よくトレーニングされた成馬では180 mPを超える。おそらく、現役の一流競走馬では200 mPを超えるのではないかと考えられている。最大酸素摂取量は、体重の重い動物に比較して体重の小さな動物ほど高くなる。したがって、体重が人間の8倍ほどあるサラブレッドがマラソン選手の2倍以上の値を示すということは、いかにサラブレッドの持久力が優秀であるかを物語っている。
 いろいろな動物の最大酸素摂取量を比べてみると、体重が数gしかないような一部のネズミの仲間を除くと、イヌの仲間とウマの仲間の動物の最大酸素摂取量が高いようだ。一般的にイヌの仲間が行なう狩りは、獲物を追跡して追い詰めるようなものが多いので、持久力が高いのであろう。ウマの仲間ではないが、第1回目の連載で紹介したエダヅノレイヨウの最大酸素摂取量は体重1kgあたり・1分間あたりの値で300 mPを超えることが有名学術雑誌であるネイチャー誌上で発表されており、運動能力の高さが科学的にも立証されている格好だ。とはいえ、エダヅノレイヨウは体重50kg程度の比較的小型の動物なので、体重が500kg近いサラブレッドの最大酸素摂取量が高いのはやはり能力の高さの証明といえよう。

■サラブレッドにおける最大酸素摂取量測定

 サラブレッドの最大酸素摂取量を測定するためには、走行中に馬が吐いた息のガス分析をしなければならない(呼気ガス分析)。そのためには、呼気を集めるための呼吸マスクをつけてトレッドミル(ベルトの上で馬を走らせる装置)上で運動する必要がある(写真1)。私たちが普段呼吸している空気の酸素濃度は約21%なので、呼気ガス中の酸素濃度がたとえば16%だったとすると、吸った空気のうち21−16=5%分の酸素が体内に取り込まれたということになる。
 サラブレッドをトレッドミル上で走らせて、スピードを少しずつ上げていくと、酸素摂取量はスピードの増加に比例して増加していく。そして、それ以上スピードを速くしても酸素摂取量が増えることなく横ばい状態になる点がある。この時の酸素摂取量の値が最大酸素摂取量というわけである(図1)。
 走行スピードが遅く、運動強度の弱いときは、走るのに必要なエネルギーのほとんどは有酸素的なエネルギー供給で賄われるので、乳酸が生成されることはない。酸素摂取量を測定するときに同時に血液中の乳酸濃度を測定すると、血中乳酸濃度はほとんど増加しないままである。しかし、酸素摂取量が最大に達するあたりの走行スピードから、乳酸濃度が上昇するようになる(図1)。つまり、無酸素的なエネルギー供給が加わり始めたのである。

(競馬ブック 2008.4.13号 掲載)


Back