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いよいよディープが「空を飛ぶ」。今回は、その具体的なテクニックに的を絞り、話を進めよう。でも、その前に・・・。
■前アシのもう一つのテクニック
「空を飛ぶ」には、その直前の準備が必要である。それを担っているのが、最後に地面を離れる前アシ、“手前前肢”である。疾走するサラブレッドの前アシを見ていると、左右いずれか一方が、より前方に振り出されているはずだ。このアシが最後に地を離れる手前前肢だ。それが右アシなら、右手前のギャロップ、左アシなら左手前のギャロップと呼び分ける。手前前肢ではない方のアシ、“反手前前肢”は、“背伸び”のテクニックに参画し、歩幅の拡大に一役買っている。が、最後に地を離れる手前前肢は、歩幅の拡大に直接貢献するよりも、むしろ「飛ぶ」方向や、馬体を上方に打ち上げる角度の調整に頑張っているのだ。その原理は、ヒトなら跳馬(跳び箱)や棒高跳びに当てはめると判りやすい。
小学生時代に挑戦した跳び箱を思い出して欲しい。直前まで全力で走り、踏切版を使ってアシで体を高く舞上げ、手で跳び箱を突いて遠くに着地する。踏切ではアシを使って飛び上がるが、最後は手を使って、飛ぶ軌跡を調整したはずだ。この手の役割が、ウマの手前前肢の働きに似ている。
世界記録を次々と塗り替えたブブカ選手で知られる棒高跳び。アシで助走し、勢いに乗ったところで、棒を地面に突き立て、推進力や体の進む方向を上に向ける。ここでは、ブブカ選手のアシがウマのトモ、彼が手に持つグラスファイバーの棒がウマの前アシに該当する。つまり、跳び箱の「手」や棒高跳びの「棒」は、「空を飛ぶ」ための方向蛇だ。
ディープの手前前肢の動きを見てみよう。着地から離地まで、蹄を支点としたアシの振れ角を調べてみた。平均値が81度、ディープは91度。10度も大きいのだ。このテクニックを棒高跳びならぬ、「棒幅跳び」に例えてみよう。注目したいのは、離地時の動作だ。アシをより前方に倒して離地する動作は、幅を跳ぶためのテクニックとして理に叶っている。ここで問題が一つ。このアシが着地するとき、ディープはライバルたちよりもアシを傾斜させているのだ。この着地の動作は、制動力が増すので不利になる。それでも、ディープは誰よりも速く、またアシのトラブルにも見舞われずに走り通した。そこにはきっと、データでは捉えられない彼の、類い希な体躯の柔軟性が活かされていたのだろう。
■そして空を飛ぶ
最後に地面を離れる前アシ(手前前肢)の努力により、ついにディープは空を飛ぶ。本来なら「跳ぶ」が正しい。だが、ここではあえて「飛ぶ」を使おう。ここでの歩幅は、どのウマも普通、4つの部分歩幅のなかで距離を最も稼げるのだ。菊花賞のゴール手前100m地点で、その平均値は2.43m。ディープは2.63m。たしかに飛んだ距離は20cmも長い。ところが飛んでいた時間を見ると、ディープは0.124秒。平均値である0.134秒よりも短い。
「空を飛ぶ」というイメージは、飛んだ距離だけでなく、滞空時間も長いと錯覚されがちだ。実際、ディープの蹄鉄が減りにくいという事実が報道されたとき、「空を飛び、接地時間が短いからだ」と、その理由が説明されたこともあった。だが、実際には接地時間ではなく、滞空時間が短かったのだ。実は、ここにも速いウマの秘密がある。
ウマが空を飛んでいるとき、そこに自発的な推進力が働かないことは、すでに≪技の章・Vol.5≫で説明した。だから、その速度が増すことはない。むしろ風圧を受けて、速度は落ちるばかり。滞空時間が長引けば、それだけ速度の目減りは大きくなる。対空時間は短いほど、効率がよいのだ。つまり、空を飛んだディープは、野球でいえば、打球の飛距離は稼いでも、滞空時間の長いホームランではなく、ライナー性のホームランだったのだ。
空に飛び上がるとき、ウマは頭を上げながら弾みをつける。この動作ですら、ディープはライバルたちのそれよりも小さい。つまり、馬体の上下動を最小限に抑えた「低重心走行」なのだ。これもまた、ライナー性の効率的な「飛び」を産み出すテクニックの一つと見なせる。そんな動作のメリットを経験的に見抜いている競馬関係者や“ディープ”な競馬ファンは、だから昔から「頭の高いウマ」を敬遠する傾向にあるのだろう。(つづく)
(競馬ブック 2008.4.27号 掲載)
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