競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.6 〜天皇賞とディープインパクト〜

■スタミナの物差しは最大酸素摂取量(VO2max)

 今週は天皇賞。天皇賞は数少ない長距離の大レースで、レースレコードは日本レコードでもある3分13秒4。これはディープインパクトが2006年に記録したものだ。ディープインパクトのVO2maxがどのくらいあったかはわからないが、相当高い値であったことは想像に難くない。おそらく体重1kgあたり・1分間あたりの値で、楽に200mlを超えていたことだろう。スタミナ、つまり有酸素性のエネルギー供給は長距離レースだけでなく、短距離レースにおいても重要であることはすでに述べた。しかし、天皇賞のような長距離レースになればなるほど、その重要性が増すことには変わりない。

■天皇賞での走り

 ディープインパクトのVO2maxが、仮に体重1kgあたり・1分間あたりで220mlとすると、体重が438kgだったとして、体全体では1分間あたり約100Lの酸素を取り込み、体内で消費することができることになる。1分間あたりに約100Lなので、3分13秒4で走った天皇賞では、レース全体では320Lをこえる酸素を消費したことになり、つまりは、これだけの酸素を使ったエネルギー生成が行なわれたことになる。おそらくは、レースに必要な全エネルギーのうち90%近くがこの酸素を使って供給され、強力なパワーが出力されたことだろう。
 天皇賞はレコードタイムでもあったが、上がり3ハロンの走行タイムも33秒5と非常に速かった。早めに先頭に立ち、後続を引き離して自らが記録したラップといってもよく、評価は高い。ちなみに、最後の直線でのストライドの長さは8mを超えていた。

■走りの効率

 心肺機能が働き、走るのに必要なパワーを骨格筋が出力しても、骨格筋が生み出したパワーを地面に対して使うことで推進力を得る鍵となるのは、実際に地面に接触する蹄である。ディープインパクトの後肢の蹄鉄の減り方が普通の競走馬の蹄鉄の減り方とは大きく違っていたことは周知の事実である。そのメカニズムの詳細については「技」の連載に譲るが、私たちは“ディープインパクトの後肢の蹄鉄はしっかりと地面をつかみ、滑らないようにして走っていた”と考えている。つまり、骨格筋が作り出したパワーのロスを最小にすることで、より有効に推進力が得られていたものと推測している。
 仮の話であるが、全速力で走っている時そのスピードを維持するのに、蹄鉄と地面の間で100のパワーが必要だとすると、蹄鉄が滑ってしまう馬では150を骨格筋が作らなければならないが、地面をしっかりつかみ蹄鉄が滑らない馬では130でよいといったことが起こっているものと推測している(図1)。つまり、ある馬は蹄鉄と地面のところで100必要なときに骨格筋は150働かなければならないのに対し、蹄鉄が滑らずに効率よい走りをする馬は20節約することができ、結果として骨格筋は130働くだけでよいといった具合である。どちらが有利かはいうまでもない。
 ディープインパクトは効率の良い走りをしていただけでなく、そもそもエネルギーを生み出す能力、つまり心肺機能や骨格筋機能も高かったのであろう。そのため、長距離を走ってきて、他の馬が疲れてしまうような状況でも普段と変わらぬ走りが出来たのだと考えられる。長距離戦でも強さを発揮したが、私が思うにディープインパクトはステイヤーではなく、「体」と「技」がうまく融合したタイプの稀有の馬だったと思う。単なるステイヤーでなくスピードを兼ね備えていたことは、ほとんどのレースで記録した抜群の上がりタイムからも容易に分かる。
 地面をしっかりとらえて走ることができるので、雨後の水を含んで滑りやすい馬場となった宝塚記念でも予想通り圧倒的な強さを発揮した。砂コースである日本のダート競馬はともかく、アメリカやドバイのダートコースでは、おそらく無類の強さを発揮したことであろう。
さて、今週の天皇賞。どの馬がどのようなパフォーマンスをみせるのか。

(競馬ブック 2008.5.4号 掲載)


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