競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.7

 ディープは、たしかに「空を飛んだ」。菊花賞のゴール前、ライバルたちの平均2.43mより20cmも長く、空を飛んでいた。だが、その滞空時間は、ライバルたちの平均0.134秒よりも短く、0,124秒。つまり「ライナー性」のホームランのように、低空を飛んだのだ。もちろん一歩の歩幅も大きかった。ライバルの平均値7.08mに対して、彼のそれは7.54mだ。

■菊花賞後のディープは?

 無敗のまま、三冠をあっさりと達成したディープ。その後のディープの快進撃は、今更語るまでもないだろう。というよりも、本音を言えば、菊花賞後の彼は、研究データを基にしては語れないのである。実は、菊花賞の後も、その走りをVTRに収めようと、研究班はディープの走りを追いかけた。その年の有馬記念は初めて2着に惜敗。ディープといえども、その走りはさすがに生彩を欠いていた。そして迎えた4歳春のG1。3,200mの長丁場、天皇賞に快勝。このときも、彼の走りは特殊VTRに収められた。だが、ゴール手前100mに構えたカメラの前を通過したとき、ディープはライバルを尻目に、すでに加速することを止めていたのである。続く宝塚記念。初めての雨中の競馬。不安視されながらも、これまた難なく後続を振り切り、雨中の勝利。ここでも彼の強さは遺憾なく発揮された。だが、そこはアシをとられる重馬場だ。レースの流れは遅く、VTRデータに際だった走りのテクニックを見いだすことは難しかった。
 ところが、そんな加速を止めていた天皇賞での彼の走りがまた、凄いのだ。データの一部を紹介しよう。加速を止めていた段階だから、ピッチ(ストライド頻度:1秒間にアシを動かす回数)は、ライバルたちの平均値である毎秒2.28回を下回り、2.25回。ところが、一歩の歩幅は、平均値が7.54mなのに、彼のそれは8.22m。なんと68cmも長かったのだ。空を飛んだ距離も、平均値2.73mより10cm長く、2.83mだ。菊花賞を勝ったときに比べて、歩幅は68cm長く、空を飛んだ距離は20cmも長い。そんな「流し走行」にあってのデータがこれだ。4コーナーを立ち上がり、最後の直線に突入し、ライバルを抜きにかかった加速を伴う全力疾走。その時点でのデータが撮れていたら・・・。そこに我々は異次元の走りのデータを目撃したかもしれない。いまさらながら、その類い希な走りのテクニックには脱帽である。ちなみに、グラフ左に示した走速度をみると、ディープと同じ速度のウマが1頭。それは2着馬のデータだ。同じ速度で走っていても、もう、その差は縮まらない。

■だから減らない蹄鉄

 ディープが皐月賞を勝ったとき、その専属装蹄師がマスコミに語った。
「ディープの蹄鉄は減らない」
 一般に、強いウマは蹄鉄をすり減らすものだ。蹄鉄の減り具合を見て、未出走の競走馬の強さを予言したというエピソードは、厩舎には多々ある。ところが、ディープはトモ(後ろアシ)の蹄鉄がほとんど減らないという。「空を飛ぶ」から蹄鉄が減らない?そんな憶測が、まことしやかに囁かれた。でも、それは違う。接地する時間の問題というよりは、接地しているときに蹄が滑るか、滑らないかに関係しているのだ。トモの蹄鉄が減らない理由は、だからディープのトモのさばき方、使い方にあるとみるべきだろう。
 ここで思い出して欲しい。ディープは、腰の柔軟性を利用して、骨盤を含めて、大きな振り子動作を演出し、トモを大きく前方に振り出していたことを。前方に振り出したアシは、そこから方向を変え、後ろに向かって振り戻されながら接地するのだ。この振り戻し距離が長ければ長いほど、接地したときの地面からの逆圧は減少する。それは、接地した瞬間に蹄が前方へ滑ることを抑えることになる。接地したトモは、強大な筋肉を使って、後ろに引き戻され、地面を後ろに強く押す。それが、強力な推進力(駆動力)を産み出すのだ。このとき、蹄が後ろ方向に滑れば、ここでも蹄鉄が減ることになる。が、ディープは、このときも蹄を滑らせないテクニックを駆使していたとみるべきだろう。それをVTRのデータから直接証明することは難しい。が、それは、ディープの際だった体躯の柔軟性や低重心走行のテクニックからみて、的外れな推察とは言えないだろう。いずれにせよ、蹄鉄を減らさないディープは、地面をがっちりとグリップして、その推進力を余すところ無く地面に伝えていたに違いない。そのテクニックはまたの機会に詳述するが、蹄鉄が減らない理由がグリップ力の強さにあると思い至ったとき、重馬場も芝丈の長さも気にしないディープの真の強さを我々は確信したものである。(つづく)

(競馬ブック 2008.5.18号 掲載)


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