競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.8

■序章から本題へ

 初回から7回にわたり、ディープインパクトに焦点を当て、その走りのテクニックを紹介してきた。「何で今さら・・・」と、思った読者もいるだろう。たしかに競走馬としての彼は、すでに過去の存在になった。が、類い希な彼の走りに秘められたテクニックは、次世代の強いウマつくりにも大いに役立つはずだ。競馬ファンにとって、その走りのイメージは、強いウマを見抜くうえで貴重なヒントにもなるだろう。
 ディープの走りから学んだことを風化させることなく、これからに活かすこと。それもまた、この“技の章”の狙いでもある。そして、この章は、ここからが本題。もちろん、話題の幅も広がる。競馬に直結しない話題や難解な説明も登場するだろう。が、その話題を乗り越えた先には、きっと新たな競馬の面白さが待っているはずだ。馬券的中に直結する話題を期待されるとやや困惑するが、疾走する競走馬の姿をイメージしながら、是非、ゴールまで付き合って欲しい。

■重心こそ、話題の中心

 ディープの話題でもたびたび登場した重心。物体の運動を理解しようとするとき、この重心の概念を理解することが基本になる。ウマが走るときも、アシと地面との間でやり取りされる様々な「力」が、ウマの重心に作用して、その動きが演出される。
 たとえば、ディープがそうであったように、アシが作り出した推進力(駆動力)が、無駄なく重心を前に送り出せば、速く走るには効率的だ。ジャンプレースではどうだろう。障害物を飛び越える瞬間、ウマは重心を前方に送り出すだけでなく、上方にも押し上げなければならない。そこでまず前アシで地面を叩き、馬体を浮き上がらせる。続いてトモの着地ポイントや蹴り出すタイミングを微妙に変え、推進力の方向を調整して、馬体を前上方に押し上げるのだ。騎手は当然、その動きを邪魔することなく、自らもウマの動きに合わせなければならない。これを専門的には、「随伴:ずいはん」と呼ぶ。この随伴のタイミングが狂えば、ウマは飛越に失敗するかもしれない。競馬であっても、馬術競技であっても、高度なパフォーマンスを演出するには、騎手やライダーの重心とウマの重心が奏でるハーモニーが何よりも大切なのだ。

■ウマの重心を探せ

 こんなにも大切な重心なのに、つい最近まで我々は、ウマの正しい重心の位置を知らなかった。というよりも、その位置を間違って理解していたのだ。まずは、その間違った重心の位置を紹介しよう。
 それは、ウマが自然体で立っているとき、帯径(おびみち)の辺りにあると考えられてきた。帯径とは、鞍を固定するための腹帯が通る部分。前アシの付け根の直後辺りだ。300年も前の欧州が、このガセネタの発祥地である。当時の馬術家たちも、重心の重要性を認識し、その位置を探ろうとした。そこで、小さなウマの模型を造り、それを吊して重心の位置を求めたのだ。本物のウマは、帯径の辺りに肺があり、内部はほぼ空洞。ところが模型には、内部の空洞部分や密度の違いまでは考慮しなかったようだ。
 20年ほど前、最新の機器を使った調査研究により、ウマの正しい重心の位置が判明した。それは、自然体で立っているウマでは、ほぼ12肋骨の辺り。ウマの肋骨は、希な例外を除いて、全部で18本。最後部の18本目の肋骨から前方に向かってカウントダウンすれば、その位置はすぐに解るだろう。それまでの間違った位置に比べ、重心はさらに後ろに存在していたのだ。
 どんなスポーツも、優秀な選手は、天性のセンスと努力で、理屈を抜きに、すばらしいパフォーマンスを演じるものだ。だから、ウマの重心の位置を間違って理解していても、結果的には名騎手や名ライダーは、ウマの動きを邪魔することなく、そのウマの能力を引き出すことができる。経験則や感性が、理論の矛盾や穴を埋め、乗り方や調教技術を高めてきたのだ。そして、それは生半可な理論を超えて、すでに相当のレベルに達している。それでも遅ればせながら、ウマの重心の位置が解った今、ウマの走りについても、理論化が進みつつある。それはきっと、厩舎関係者に役立つだけでなく、本誌の読者にとっても、見るスポーツとしての“競馬の面白さ”を、さらに“ディープ”にしてくれることだろう。(つづく)

(競馬ブック 2008.6.8号 掲載)


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