|
小学生や中学生だったころ、長距離走を走る時に一歩ごとにストライドに合わせて息を吸ったり吐いたりするようにいわれたことがある。しかし、一方で、わざわざ言われなくても、無意識に自然に呼吸が動作に一致するように思う。たしかに、呼吸と動作には関係があるようで、ヒトのスポーツ生理学でも研究されている。馬の場合でも、走行しているときには、呼吸と動作に密接な関連がある。
■ギャロップ時の四肢の着地順
馬が歩いたり走ったりするときには、前肢(ぜんし:まえあし)と後肢(こうし:うしろあし)を一定の法則にしたがって地面に着地させている。それでは、馬がギャロップ(襲歩:しゅうほ)で走っているときの四肢の着地の順番をみてみよう。
左手前のギャロップで走っているときは、右後肢→左後肢→右前肢→左前肢の順に四肢を着地し、左前肢で踏み切って空中に浮き、再び右後肢を着地する。一方、右手前のギャロップでは、左後肢→右後肢→左前肢→右前肢の順で着地し、右前肢で踏み切って空中に浮き、再び左後肢を着地する。一本の肢が着地してからもう一度着地するまでの1サイクルを1ストライド(1完歩)というわけであるが、この1完歩中に馬は1回呼吸する。
■ギャロップ時の呼吸
図1は、イギリスの研究者であるアッテンボローが1982年に発表した論文から筆者が作図したものである。図では、左手前のギャロップで走っているので、まず右後肢を地面に着いて、ついで左後肢→右前肢→左前肢の順で着地している。四肢の着地と呼吸の関係については、大まかにいって、右前肢を着地するあたりから息を吐きはじめ(呼息)、空中に浮き始めるあたりから息を吸いはじめている(吸息)。1完歩に1回の呼吸がおこる理由については、走行中の馬体の動きと何らかの関係があるのではないかと考えられている。
馬が走っているときには、馬の体は一定のスピードで動いているようにみえる。しかし、1完歩のなかでも実はスピードは微妙に変化している。たとえば、反手前前肢(先に着地する方の前肢;右手前ギャロップでは左前肢)が着地したときには、馬体は減速し、手前前肢(後に着地する方の前肢;右手前ギャロップでは右前肢)が地面を離れるときには馬体は加速する。腹腔内には胃腸や肝臓などの腹腔臓器がおさまっている。これらの臓器は、前肢が着地し馬体が減速すると、慣性により前方に移動し横隔膜を前方に押す。そして、馬体が加速したときには、腹腔臓器は後ろ側へ移動するので、横隔膜は後方に引かれる。つまり、腹部臓器がピストンのように動き、横隔膜を押したり引っ張ったりすることで、胸腔の容積を広げたり狭くしたりしているのではないかと考えられている。この説は内臓ピストン説といわれ、1完歩に1回の呼吸が起こる理由のひとつと考えられている(図2参照)。
1完歩に1呼吸という現象が起こる理由は、内臓ピストン説だけでは説明できず、いまだに完全には明らかにされていない。その他にも、四肢の着地・離地が胸郭の動きに影響をおよぼすという説や脊柱の屈曲が大きく影響しているという有力な説があり、おそらくはこれらの要因が複合して1完歩に1呼吸という関係が作られているのだろう。
■スタート直後は息を止める
競走馬が、競馬で走っている最中に息を止めることはない。今でもたまに「息を止めてラストスパート」といった記述を雑誌などで見かけることがあるが、走行中に息を止めることはなく、1回のストライドで1回呼吸している。冬の朝の調教時に、吐く息が1完歩ごとに白く見えることは経験的にもよくわかる。
唯一といってよい例外はスターティングゲートからのスタート直後である。JRA競走馬総合研究所で行なった研究によると、ゲートから発走させる試験を2回行なったところ、ゲートから発走してからの数完歩、時間にして3〜4秒間呼吸を止めていたという。息を止める理由は定かではないが、おそらくは全力で運動するときの反射的なものであろう。
また、喉頭片麻痺(いわゆるノド鳴り)になっている馬では、2回のストライドに1回の呼吸になることもあるようだ。
(競馬ブック 2008.7.6号 掲載)

|