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パドックを歩くウマの重心移動のテクニックに続き、今回は、走るウマの重心移動について、話を進めよう。
■速歩でも重心移動の原則は変わらない
まずは速歩(はやあし)から。速歩とは、レース後、検量室に引き上げてくるときなどに見せる二拍子の早駆けだ。競馬用語では「ダク」、あるいは「ダクを踏む」とも言う。ちなみに「ダク」とは、英語の“rack”(速歩)がなまったらしい。余談だが、このとき、ウマの体の上下動に合わせ、騎手が腰を一定のリズムで上下に動かす乗り方を見せることがある。これを「軽速歩(けいはやあし)」と呼ぶ。それはウマの走り方ではなく、騎乗テクニックの呼び名だ。
本題に戻ろう。ウマの速歩は、対角線上に位置するアシ、2本がほぼ同時に動き、着地する。この組み合わせを対角肢と呼ぶが、対角肢の着地から、逆の対角肢の着地に切り替わるとき、4本のアシが地を離れ、空を跳ぶ時期がある。つまり、左前肢と右後肢が同時に着地し、そのアシが地面を蹴って空中を跳び、次に右前肢と左後肢が同時に着地する。これが繰り返されるのだ。ただし、厳密には、対角肢の着地がわずかにずれているのだが、その詳細はいずれ機会をみて、改めて説明しよう。
速歩では対角肢がほぼ同時に着地する。つまり、新たに着地したアシは2本。それも対角線上の前後のアシだ。その両方に体重を分担するのが歩行の原則だから・・・。そう、重心は前後方向や横方向に片寄ってはならないのだ。勘の良い読者なら、もうお分かりだろう。ウマの頭が上下・左右に動いては困るのだ。速歩で検量室に引き上げてくるウマの頭の動きをよく観察して欲しい。頭はかっちりと胴体に固定され、常歩のような頭の動きは見せないはずだ。
■キャンターやギャロップでは?
もちろん、同じ原則が当てはまる。厳密にはキャンターとギャロップのアシの運びは微妙に異なる。さらに、これらのテクニックには、右回転と左回転に適した走り方がある。が、素人目には、その違いは分かりにくいだろう。だから、その詳細はいずれ説明するとして、ここでは右回転に適した右手前のギャロップを例に説明しよう。右手前ギャロップでは、空を跳んだ後、最初に左後肢が着地する。このアシに体重を掛けなければならないので、頭は高く引き上げられることになる。続いて、右後肢、左前肢の順に着地し、頭もそれに伴い、前方へ移動する。そして最後に右前肢が着地すると、頭は最も前方に伸展する。右前肢が地を蹴って空に飛び上がると、再び頭は後ろに高く引き上げられるのだ。言い換えれば、一完歩に一度、頭が前後動を伴う上下動を行うのだ。思い出して欲しい。ディープインパクトは、この飛び上がる時の頭の動きが、ライバルよりも低い位置を保っていたことを。彼は確実に前肢に負重しつつ、低重心の「飛び」を繰り出し、ライナー性の飛越を実現していたのだ。
■銜(はみ)の効能の一つが、そこにある
ウマが歩き、走るとき、新たに着地するアシへの重心移動は基本的な原則だ。この原則を理解して、ウマの頭の動きを邪魔しないことが、まずは大切だと言える。その一方で、あえて頭の動きを制御すれば、ウマの動きを抑制することもできる道理だ。
パドックに再び目を向けてみよう。引き馬で周回していた馬に騎手が跨った。騎手が手綱を引き絞り、ウマの頭の自然な動きを封じたとしよう。そんな騎手の操作が加わったとき、それまでの常歩でのアシの運びには、微妙な違いが現れるはずだ。自然体の常歩では、4本のアシが等間隔のリズムを刻んで動く。つまり4つの蹄音が聞こえるタイミングは等間隔だ。頭の動きが封じられると、それが乱れる。特に同じ側の後ろアシと前アシの蹄音が聞こえる間隔が短くなるのだ。が、その微妙な違いを素人が感知するのは、なかなか難しい。それでも、そんな違いに気が付くようなら、あなたの観察眼は一流だ。
レース中に「ひっかかったウマ」を抑えるとき、騎手は手綱を控え、頭の動きを封じようとする。それは、「まだ行くな」という騎手の意図をウマに伝える手段である。が、それは単なる合図ではなく、重心移動を制御する力学的な効果が間違いなく存在しているのだ。ただし、頭の動きの制御は、ウマの効率的な走りを阻害する。それが過剰であり、長引けばウマは疲労し、実力を発揮することができない。だからこそ、騎手のテクニックが問われることになるのだ。
ヒトがウマに乗って5000年。頭の動きを制御できる銜の効能からみて、乗馬史上、銜の発明が画期的なトピックスであることは間違いがない。(つづく)
(競馬ブック 2008.7.20号 掲載)
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