競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.11

 前回までの重心移動のテクニックとは別に、今回は、もう一つの重心の動きに焦点を当てて、話を進めよう。

■もう一つの重心移動とは

 まず、ここまでの重心移動のテクニックを、おさらいしよう。それは、ウマの体のどこに重心が存在し、ウマが走るとき、それが馬体のなかのどこに移動するか、という話題だった。つまり、4本のアシの動きに絡めた馬体内部での重心移動のテクニックだ。たとえば、小さなボートに乗っている人をイメージして欲しい。ボートを馬体に、その人を重心に例えよう。その人がボートの中を移動すれば、ボートのバランスが微妙に変化する。それは、ここまでのウマの重心移動とよく似た状況だ。
 ボート自体が水上を前進していけば、その人がボートの中のどこにいようとも、その人自体も前進する。そんな人の前方への動きに例えられるのが、今回の重心移動。つまり、走る馬体の動きと一緒に移動する重心の動きだ。
 たとえば常歩。ウマの重心は、小さな上下動を繰り返しながら、前方に進んでいく。その上下動は、一完歩に4回だ。4本のアシが順次着地しながら、その都度、馬体を上に押し上げるからである。もちろん、重心は横方向にも交互に小さく振れるが、話が複雑になるので、ここでは無視しよう。
 速歩はどうだろう。対角線上に位置する前アシと後ろアシの2本が同時に着地し、続いて、それが他の対角肢に入れ替わる。だから、重心は一完歩に2回、比較的大きな上下動を繰り返しながら、前進する。キャンターやギャロップでも、上下動を繰り返しながら、重心は前に進む。ただし、上下動は一完歩に1回だ。

■反撞って、なに?

 この重心の上下動を、ライダーは「反撞(はんどう)」と呼ぶ。ウマに乗ってみると判るが、この反撞は、尻をべったりと鞍に付けて乗る馬術のライダーにとってはなかなか厄介だ。特に速歩のそれは、初心者ライダーには耐え難い厳しさだろう。速歩では、短い周期で一完歩に2回も大きな上下動が繰り返されるからだ。ライダーが反撞をまともに受ければ、ウマも背中に大きな負担を受ける。だから、ライダーは、自身が楽になるだけでなく、ウマの負担を軽くするためにも、ライダー自身の腰の柔軟性と脚の関節の動きで、この反撞を巧みに吸収しなければならないのだ。
 キャンターやギャロップでは、その反撞は予想外にまろやかだ。ギャロップの一完歩は、ふつう6〜7m。この大きな歩幅を稼ぐ間に、上下動は1回だから、小刻みな上下動を繰り返す速歩よりは、反撞のあおりは少ない。その速度に慣れれば、だから初心者でもキャンターは乗りやすい。
 ここで、競馬の騎手の乗り方を思い出して欲しい。馬術スタイルとは違い、鐙(あぶみ)の上につま先で踏ん張り、尻を鞍に付けない。だから、騎手が反撞を直接受けない。それだけでなく、ウマの背中の負担も少なくなる。「モンキー乗り」とか、「ツーポイント騎乗」と呼ばれるこの騎乗法には、速く走るためのさらなる大きなメリットがあるのだが、それはまた後日に譲ろう。

■反撞を利用してウマを御す?

 ここからが、今回の本題だ。ギャロップでは、速度が増すに連れて、重心の上下動がさらに小さくなる。たとえばハロン30秒(キャンターのレベルの速度)では、その上下動の幅は約10cm。ハロン12秒(実際のレース速度)では、わずかに約4cmだ。ディープに限らず、競走馬が速く走るには、基本的に低重心走行が必要だということだ。その重心の動きは、大きなサインカーブを描き、振幅は速度が増すに連れて小さくなる。この重心の動きに、騎手の重心の上下動がぴったり一致すれば、ウマはそのリズムを変えずに走ることが可能だ。ウマの重心の動きよりも騎手の重心が先行して動き、ウマがそれに合わせようと意図的に努力すれば、ウマは加速する。これこそが騎手の「追う」動作の本質だ。逆に、騎手の動作が大きくなり、ウマの重心の動きとの協調性が大きく狂えば、むしろウマにとってはリスクになるだろう。鞭やかけ声でもウマに加速の意志を伝えることはできる。だが、反撞を利用してウマを御すことこそ、力学的に合理的な騎乗法であることは間違いがない。騎手の、そのテクニックに注目しつつレースを観戦するのも、また一興ではないだろうか。

 ところで、馬術ではなぜ、反撞をまともに受ける乗り方をするのだろう。速さではなく、華麗で巧妙な演技を求められる馬術では、反撞への積極的な係わりを通じて、ライダーの重心を常にウマの重心と一体化させることが必要だからだ。(つづく)

(競馬ブック 2008.8.10号 掲載)


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