競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.11 〜心臓の役割〜

 動物が体を動かすためには骨格筋が働く必要があり、そのためには骨格筋の細胞はエネルギー(ATP)を作り出さなければならない。このときに、重要な働きをするのが酸素であることはすでに述べた。動物は、常に酸素を使ってATPを作り出し、二酸化炭素を排出している。これが呼吸であり、動物が生きていくうえでもっとも重要である。この営みを、実質的に支えているのが、心臓と肺である。肺で酸素を取り入れた血液を全身へ送り出すために、心臓はポンプとして働いている。

■動物の心臓

 心臓は大きく分けて、血液が心臓に戻るときに入る部屋である「心房」と、血液を送り出す部屋である「心室」の2つの部分から構成されている。
動物の心臓は進化の過程で少しずつ変化してきた。たとえば、魚類は1つの心房と1つの心室からなる心臓をもっている(1心房1心室の心臓)。両生類や爬虫類では、2つの心房と1つの心室から構成された2心房1心室の心臓を持つ。爬虫類のなかでもワニでは、心室も2つに分離されているようだ。鳥類と哺乳類になると、2つの心房(左右の心房)と2つの心室(左右の心室)の合計4つの部屋に完全に分離された心臓を持つようになる。
 1心房1心室の心臓を持つ魚類では、全身から帰ってきた血液は心房に入り、次いで心室から送りだされる。心室から送り出された血液は、鰓でガス交換が行なわれ、酸素を豊富に取り込んだ後、全身に送られる。
 2心房1心室の心臓では、肺でガス交換して酸素を多く含んでいる血液は左心房に入り、一方、全身から帰ってくる血液は右心房に入る。これらの血液は次いで1つしかない心室に入るわけだが、それぞれの血液はあまり交じり合うことはなく、肺から戻ってきた酸素を多く含んだ血液は全身へ、そして全身から戻ってきた酸素をあまり含まない血液は肺へというように、うまい具合に送られるようだ。
 2心房2心室の心臓になると、全身から右心房に戻ってきた血液は、右心室から肺に送られ、肺でガス交換された血液は左心房に戻り、左心室から全身へ送られることになる(図1参照)。左右の心房と左右の心室が完全に分離した2心房2心室の心臓は大変効率よく血液を送り出すことができる。

■血液の循環経路

 血液を送り出すポンプが心臓ならば、血液を通す管が血管である。心臓から血液を送り出すときに通る血管が動脈。動脈は次第に細くなり、最後は毛細血管になる。毛細血管では、酸素や二酸化炭素の受け渡しや各種栄養素などの受け渡しが行なわれる。毛細血管を出た血液は静脈に集まり、やがて心臓(右心房)に戻ってくる。
 つまり、血液は心臓を中心にして、左心室_大動脈_全身(骨格筋)_大静脈_右心房_右心室_肺動脈_肺_肺静脈_左心房_左心室、という経路で全身をめぐっている(図2参照)。ちなみに、肺でガス交換を終え、酸素を豊富に含んだ血液は動脈血と言われる。解剖学的には静脈に分類される肺静脈という名前の血管内を流れているが、血液の種類としては、動脈血ということになる。逆に、肺動脈の中を流れているのは静脈血である。

■サラブレッドの心臓の大きさ

 当然のことながら、体の大きい動物ほど大きな心臓を持っている。体重3グラムのトガリネズミの仲間と体重が数トンのゾウでは心臓の大きさが違うのはあたりまえだ。動物の体重と心臓の重さとの間にどのような関係があるのかを調べたスタールは、1965年に科学誌サイエンスに研究成績を発表した。彼の研究によると、動物の心臓の重さと体重の間には、メ心臓の重さ=0.0059_ 体重0.98モという関係があったという。0.98乗ということはほぼ1乗に等しいので、この式は、哺乳類の心臓重量は体重の約0.6%であるということを表している。この式から計算すると、500kgのサラブレッドの心臓の重さは約3kgということになる。しかし、実際の体重500kgのサラブレッドでは、心臓の重さは最低でも5kg、つまり体重の1%はあるのが普通である。これは、サラブレッドは平均的な動物に比較して、明らかに大きな心臓を持っていることを示している。サラブレッドの心臓は大きいのである。
 近年の最強馬の1頭と目されるテイエムオペラオーについて興味深いデータがある。テイエムオペラオーの心臓機能や運動中の心拍数などは英文の科学論文として残されており、一流競走馬の生理機能を知る上で大変貴重なデータとなっている(Journal of Equine Science, 14, 97-100, 2003)。心臓エコー検査で得られた各種の測定値から心臓の重さを推測すると、テイエムオペラオーの心臓の重さは7kg近いという。当時の体重を考慮すると、体重の1.5%を超えるような大きな心臓だったと思われる。

(競馬ブック 2008.8.17号 掲載)




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