競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.12

 重心の話はまだ続く。物体の運動や動物の歩行運動を理解するには、それは避けて通れない話題だからだ。「重心、アラカルト」と題して、今回は、その基本知識を提供しよう。

■重心とは、そもそも

 「重さの中心」だと思っている人が多い。が、正しくは「質量の中心」だ。「質量」とはなんだろう。それを理解するのはなかなか難しい。たとえば、地球上では60kgだった人が、引力の小さな月に行けば、体重はずっと少なくなる。無重力空間なら、体重は0kgだ。だが、ダイエットや過食しない限り、どこにいても、その人の質量は変わらない。「重量」とは「質量」に引力が作用して決まる「量」なのだ。ただし、地球上でのウマの走りを考えるなら、重心を「重量の中心」と考えても問題はない。

■外力が重心に作用し、そしてウマが動く

 ウマを含めて、どんな物体も、それが動いて移動するときは、外力が必要だ。たとえば車やバイクならタイヤが回転して、路面に駆動力を伝える。船ならスクリューが回転し、水を後ろに押す推力を生み出している。ジェット機やロケットは、燃焼させた気体を後ろに吹き出して推力を作り出す。そんな後ろ向きの駆動力や推力に応じて生まれる反作用の力が、車体や機体を前に押し出すのだ。ウマだって同じだ。ウマはアシの振り子動作で地面を後ろに押し、その反作用を受けて前進する。この反作用の力が、その物体の重心に、どう作用するかで、物体の動き方が変化する。だから推進力(駆動力)を生み出すアシと重心との関係こそが、ウマの走りを理解するには重点課題となるのだ。

■ライダーは知っていた

 そんな大切なウマの重心位置を、我々は、ごく最近まで誤解していた。だから、ウマの走りを正しく把握することが難しかったのだ。ところがライダーの体は、ウマの重心の正しい位置を、ウマに乗り始めたときから知っていたのである。ウマの重心は、ほぼ第12肋骨の辺りにある。そこは、実は馬術スタイルで跨るライダーの尻の真下辺りだ。言い換えれば、ライダーは、無意識にウマの重心の真上に跨ってきたのだ。なぜだろう。ウマに乗ってみれば判る。キャンターやギャロップで走っているとき、ウマの背中はシーソーのような動きを繰り返すのだ。このシーソー動作は、重心をほぼ中心に行われる。つまり重心の辺りが、最も安定している。だから乗りやすいのだ。加えて、重心の上に跨れば、ライダー自体の重心もまた、ウマの重心の動きに同化しやすい。そこにこそ、馬術の神髄があることは、すでに前2回の本稿で説明した通りだ。

■ヒトはなぜ、ウマに乗ったのか

 いまさらなぜ、そんな話題を・・・。と、思う読者もいるだろう。だが、動物のなかには、ウマよりも優れたランナーが沢山いる。持久力を誇る草食動物だけに絞っても、時速70kmを超える走りや、連続して2時間以上も高速で走るウシやシカの仲間は多いのだ。さらに彼らの仲間は、1本のアシに蹄が2つ。偶蹄類は、蹄が1つのウマに比べて、生きる場所を選ばない。偶蹄は、どんな地面にも適応しやすいのだ。だから水牛もいれば、山岳地を住処とする山羊の仲間もいる。ところがウマは、草原のような平坦地でなければ、うまく生きられない。地面の凹凸を拾ってしまうからだ。ヒトがウマに乗り始めた頃、同時にウシの仲間も家畜化されていた。当時のウシは、乳牛や肉牛とは違い、野生を残した敏捷果敢な動物だったはずだ。オフロードの走行に適したアシや蹄を持ち、持久力に優れた闊達なウシがそばにいながら、なぜヒトはあえてウマを選んだのか。考古学資料によれば、ウシもまた最初は労働力の担い手として、畑仕事や運搬にかり出されたらしい。それでも乗用として、最終的にはウマが選ばれた。その理由を推察する確証はない。他の理由や事情もあるかもしれない。だが、ここではあえて、重心の位置や、その上に跨るヒトの力学的影響や、頭と首の長さのプロポーションなどを考慮したい。そう考えれば、乗り物として、ウマほど自在に操れる動物は、他にはいなかったのではないだろうか。

 ちなみに、東南アジアには、水牛を使った草競馬(競牛?)がある。それは村祭りのイベントだ。その背に跨る騎手は、ウシの骨盤のやや前に座る。その重心が、ウマよりもさらに後ろにあるからだ。ウシの首は短い。手綱で頭を制御しても、彼らは思ったようには動かない。競馬を見慣れた人には、きっとその光景は滑稽にも写るだろう。だからこそ、ウマを動かす神髄が、ウマと人の重心ハーモニーにあることを再確認させられるのである。(つづく)

(競馬ブック 2008.8.31号 掲載)


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