競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.12 〜心臓の拍動の仕組み〜

 前回の連載で述べたように、心臓は血液を全身に送り出すためのポンプとして働いている。1回1回規則正しく拍動して、血液を送りだしている。心臓の拍動を実感することは難しいが、いわゆる脈拍として心臓の拍動を感じることはできる。

■心筋の興奮

 心臓を構成する心筋は骨格筋と同様に横紋構造を持つが、内臓の平滑筋と同様に不随意筋である。心筋細胞は刺激に応じて興奮し、収縮する。心臓には刺激伝導系と呼ばれる刺激を各所の心筋に伝える仕組みがある。右心房に位置する洞房結節と呼ばれる部位が一定の頻度で自動的に興奮する。その電気的興奮は周囲の心房筋に伝わり、心房筋全体を興奮させるとともに、心房内の伝導路を伝わって、房室結節にいたる。興奮は次いでヒス束を通過し、右脚・左脚を経由して、心室筋に分布するプルキンエ線維に達する(図1)。つまり、心臓を収縮させる刺激は、洞房結節から房室結節を経て、最終的には心室筋全体にいきわたるわけである。
 ちなみに、心臓の刺激伝導系についての研究に関しては、日本人研究者の大きな貢献があったことが知られている。1900年代初頭ドイツのマールブルグ大学で研究を行なった田原淳博士がその人である。今でも房室結節は田原の結節の名で呼ばれているし、刺激伝導系という言葉も田原博士が最初に用いた用語である。心臓の収縮メカニズムの解明に大きく貢献した業績であり、まさにノーベル賞に値する研究だったといえよう。

■心電図

 心筋の興奮は心房にはじまり、引き続いて心室に伝播する。この心筋におこる興奮の伝播とそれに伴う心臓の収縮と弛緩を電気的にとらえたものが、心電図である(図2)。心房がまず興奮・収縮するわけだが、これを心電図上でみるとP波として観察される。この後に観察される一連のQRS波とT波が心室の活動を表している。
 現在では、市販の心電計を使えば簡単に馬の心電図を記録することができるが、30〜40年前ではなかなか難しいことで、きれいな心電図を記録可能になるまでには大きな苦労があったという。
 心房が収縮すると、血液は心房と心室の間にある房室弁を通り、心室に入る。血液が心室に入ると血液が逆流しないように房室弁は閉じる。次いで、左右の心室が収縮すると、大動脈弁と肺動脈弁が開いて血液が心室から送り出されることになる。これらの機能は、実にうまく調節されている。心臓の拍動を聴診器で聞くと、弁が開いたり閉じたりする音、心音がよく聞こえる。

■サラブレッドの心拍数

 体重が軽く小さい動物の心拍数は非常に多い。体重3グラム程度のトガリネズミの仲間の安静時の心拍数は600〜800拍/分程度であり、一方、大きな動物であるゾウは30拍/分程度であるという。動物の体重と心臓重量の間に関係があったのと同様に、動物の体重と安静時心拍数との間にもある一定の関係があることが知られている。それは、メ安静時心拍数=241_体重-0.25モというものである。体重のマイナス0.25乗などという数式をイメージすることは難しいが、この式は体の大きな動物ほど安静時の心拍数が少なくなることを意味している。この式から体重500kgのサラブレッドの安静時心拍数を計算すると、約50拍/分になる。ところが、サラブレッド競走馬では、安静時の心拍数は30〜40拍/分程度であることが多く、平均的な数値よりも明らかに少ないことが分かる。サラブレッドとほぼ同体重のウシは、60〜90拍/分程度なので、こちらはサラブレッドよりは明らかに多い。
 獣医師が聴診して数えた競走馬の心拍数については、新聞紙上でたまにみかけることがあるが、心電図記録からきちんと数えた競走馬の心拍数のデータはあまり多くない。前回、データを紹介したテイエムオペラオーは、長時間の心電図記録から安静時の心拍数を計算できた稀な例である。3時間にわたる長時間記録中の平均心拍数でさえ、25拍/分であった。安静にしていると心拍数は一定になっているだろうと感じられるが、実は結構変動している。テイエムオペラオーの場合でも、落ち着いて心拍数が下がっているときは、20拍/分前後のこともあっただろうと思う。

(競馬ブック 2008.9.7号 掲載)




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