競走馬の心技  ドクター平賀の“競走馬の運動生理学” Vol.13 〜運動時の心拍数〜

 運動時の心拍数は、運動の強度つまり走行スピードが速くなればそれに比例して増加する。たとえば、ハロン20秒のスピードで走っていると170拍/分、ハロン12.5秒なら220拍/分といった具合である。競馬のように、ほぼ最初から全力疾走になる場合は、心拍数の増加は非常に速い。

■運動強度(走行スピード)と心拍数の関係

 図1は、秒速2m〜秒速18mのスピードで120秒間運動したときの心拍数変化の模式図である。たとえば、秒速2m(2m/s)で常歩をはじめると、心拍数はすぐに増加し、このグラフでは70拍/分くらいでその後一定になる(図の□)。同様に、秒速10m(10m/s)で走った場合では、このグラフでは170拍/分程度で一定になる。秒速16m(16m/s)では、同様に225拍/分程度で一定になる。心拍数は無限に増えることは出来ず、それ以上は増えない最大心拍数がある。このグラフでは、秒速18m(18m/s)になっても225拍/分であり、秒速16m(16m/s)の場合と同じである。サラブレッド競走馬の最大心拍数は、220〜230拍/分程度であると考えられている。
 図1で示したように、心拍数はある一定の運動強度すなわち一定のスピードに対して、ある一定の値を示す。それを、今度はそのスピードをX軸に、その時の心拍数をY軸にとったグラフを作ると、図2のグラフになる。すなわち、図1の秒速2m(2m/s)で歩いたときの心拍数70拍/分(□)を、図2のグラフの所定の部位にプロットし、順次図1のそれぞれのスピードのときの心拍数をプロットしていくと、図2のグラフが出来上がる。図2のグラフを一見してわかるとおり、スピードが速くなるのに比例して心拍数が直線的に増加しているのがわかる。この回帰直線は大変きれいに描くことが出来る。上でも述べたとおり、心拍数は無限には増えないので、心拍数が最大近くになるとスピードと心拍数との直線関係はくずれ、横ばいになる。
 運動強度が低い場合には、馬の情動が心拍数に影響することがある。たとえば、常歩や速歩で運動しているときには、周囲の状況に影響されることがある。つまり、秒速2m(2m/s)で歩いているとき、落ち着いていれば70拍/分になるはずが、周囲の状況に驚いいていたりすると、これが90拍/分や100拍/分になったりすることがある。速歩や遅い駈歩の場合でも同様で、強度の低い運動時の心拍数を評価するときには注意が必要である。

■運動時の心拍数記録

 心拍数を測定するためには、まず心電図を記録する必要があるが、馬の運動時の心電図記録は困難なことであった。昔は、コンパクトな心電計はむろん存在せず、さまざまな工夫が行なわれた。東京大学の野村晋一博士は、遠隔記録用のラジオテレメーター(無線の一種)を新作・利用することで、運動中の馬の心電図を記録することに世界ではじめて成功した。その成績は、1964年の日本中央競馬会競走馬保健研究所報告に日本文で(図3)、そして1966年の日本獣医学雑誌には英文で報告されている。野村先生は1966年から1977年まで東京大学畜産獣医学科家畜労役生理学教室の教授を務められ、馬の運動時の生理機能に関する数多くの研究を行なっている。その研究成果は現在からみても水準の高いものが多く驚かされる。ちなみに、野村先生が主催した研究室は、1934年に社団法人帝国競馬協会の寄付講座として東京帝国大学に馬学教室として誕生し、発足当初は岡部利雄先生が講師として着任され、その後教授として主催していた研究室である。野村先生は、概説馬学(西村書店)・サラブレッド(新潮選書)など馬に関する著作も多い。蛇足であるが、野村先生は以前競馬ブックに連載しておられたとのことで、同種の研究を行なっている身からすると感慨深いものがある。
 野村先生が心電図を初めて記録した後になって、小型の心電計の開発も進み、以前よりは運動中の心電図記録は容易となった。また、最近では、市販の心拍数計を用いることで、運動中の心拍数記録は簡単に出来るようになった。

(競馬ブック 2008.10.12号 掲載)




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