競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.13

 今回は、このシリーズの執筆者の一人であるドクター青木からの質問です。青木さんは2週間前に発売された競馬ブックの本欄で、ロバは馬とよく似ているのに、なぜ乗用の動物としては馬ほど普及しなかったのか悩んでいました。

なぜ馬なのか

質問:ロバは姿かたちが馬に似ているのに、なぜ馬のように人が乗りまわしたりしないのでしょうか。ていうかアフリカにいるシマウマは家畜にすらなっていません。見た目はよく似た動物たちなのに、なぜ馬だけが“人類の最良の友”とまで呼ばれる存在になったのでしょうか。自ら馬博士を名乗る楠瀬せんせいならおわかりになると思い質問しました。 (58歳 男性 競馬歴:わけありで馬券は買わずに35年)

答え:馬とロバは、今からおよそ5000年前に相前後して人類の手で家畜化されました。家畜化当初は、その肉を食べたり皮や毛を利用したりするために飼われていたものと想像されますが、ほどなくして双方とも荷物を運んだり乗ったりする使役用の家畜として利用されるようになりました。
 人は馬にも乗りますが、ロバにも乗ることができます。しかしロバが馬のように乗用の家畜として普及しなかったのは、その頑固ともいえる気質もさることながら、やはりパワーとスピードの点で、馬よりもはるかに劣っていたからと考えられます。
 使役用の家畜は平時には人や荷物の移動に使われたり、畑を耕すのに使われたりしました。一方、戦争になれば有力な生物兵器として大いに活用されました。
 さてここで、馬に乗った兵士の軍団とロバに乗った兵士の軍団との戦いを想像してみてください。馬の軍団のほうが、そのパワーとスピードで圧倒するのは言うまでもありません。馬はその実力で、人類の歴史に最も影響力のある家畜としての地位を占めつづけてきたというわけです。
 次はシマウマ問題です。シマウマは家畜にさえなっていません。それはなぜなのかという質問です。

■シマウマは家畜にならないのか

 現在地球上には馬(エクウス・キャバルス)、モウコノウマ、アフリカノロバ、アジアノロバ(キャン、オナガーを含む)、サバンナシマウマ、グレビーシマウマ、ヤマシマウマの7種のウマ科動物が生息しています。これら7種のウマ科動物は、体のシマの有無や耳の形などを除けば、互いにとてもよく似ています。どの種も硬い背骨を持ち、ハミをかませるのに都合のよい歯槽間縁を有しています。また運動能力の点でも、現代のサラブレッドに比べればはるかに劣るものの、家畜化以前の馬の祖先種に比べればそれほど遜色はないと想像できます。
 しかし、このうち家畜化されたのは馬と、ロバの野生種であるアフリカノロバだけです。馬の家畜化以前に、アジアノロバのうちオナガーの家畜化が試みられたようですが、すでに放棄されています。3種のシマウマは人類発祥の地アフリカに長く生息してきていますが、シマウマは結局今でも家畜化されてはいません。
 ウシ、ブタ、ヒツジ、馬、ロバなど、人類が家畜化できた動物をみていくと、いくつかの共通点が認められます。その共通点とは、(1)餌の経済的効率がよいこと、(2)成長に時間がかかり過ぎないこと、(3)繁殖が容易なこと、(4)気性がおとなしいこと、(5)群として生活する習性があること、などです。これらの条件のうちの一つでも欠けていれば、その動物の家畜化は困難となります。
 大部分の肉食獣は餌が人と競合しますし(上記の1にあたる)、気性もおとなしいとはいえず(4)、家畜化できませんでした。また東南アジアではゾウが多く使役に用いられてきており、軍馬ならぬ軍ゾウとして戦争に用いられた歴史もあります。しかし、ゾウは成長に時間がかかりすぎますし(2)、子どもを生ませるのがきわめて難しい(3)ため、厳密な意味では家畜化されたとはいえません。
 シマウマについては、家畜化されなかった要因は、唯一気性に問題があるから(4)と考えられます。子馬のうちから、どんなに手塩にかけて育てても、多くのシマウマは年を取るにつれ気性が荒くなり、手がつけられなくなります。もちろん、馬にも気性面で遺伝的にきわめて問題のある個体も存在しますが、シマウマは種全体がそうした問題を持っているのです。またパニックにおちいりやすく、隔離して狭いところに閉じこめると、それだけでショック死するものも出てきます。こうした特性があるため、シマウマの家畜化の努力は、試行錯誤の末に放棄されたものと考えられます。
 家畜化以前の野生馬は、家畜化に必要とされる(1)から(5)までの条件をすべて満たしていたものと考えられます。
 私たちが毎週迫力あるレースを楽しむことができるのも、サラブレッドの先祖がそうした性質を備えていたからであるといえるでしょう。

(競馬ブック 2008.10.19号 掲載)


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