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馬は丈夫な歯を持っています。私たちには硬くてごわごわしていてとても噛み下せそうにない乾草や、殻のついた生の燕麦を、馬はバリバリ音をたてて食べています。馬は1キログラムの乾草を食べるのに、3000回も咀嚼を繰り返すと言われています。競走馬にとって調教、それにつづく競馬は、きわめて多くのエネルギーを消費する運動です。そして、そのエネルギーのもとは、彼らが食べる飼い葉であり、その飼い葉を噛み砕いて消化吸収するために不可欠なものが馬の有する丈夫な歯といえます。今回はその馬の歯に関する質問です。
■馬の犬歯は生え変わらない
質問:自分は、ちょっと事情があって、馬のことをいろいろ勉強しています。ある教科書に「馬では切歯、犬歯、前臼歯は生え変わる・・」とありました。しかし別のところには「(馬で)乳歯が永久歯に替わるのは、左右上下顎の切歯と前臼歯の各3本ずつの計24本である。」とあり、犬歯が生え変わるとは書いてありません。どちらが正しいのでしょうか。それから人の歯と馬の歯は、どんなところが違うのでしょうか。教えてください。 (40歳 男性 競馬歴:17年)
答え:細かいところによく気がつきましたね。馬の犬歯が生え変わるかどうかという質問ですが、答えは「生え変わらない」です。おそらくその教科書を書いた人が、思わず筆をすべらせてしまったものと想像します。
成馬の口の中には、切歯(前歯)が上下左右に各3本ずつ計12本、基本的に前臼歯(奥歯)が同じく3本ずつ計12本、後臼歯も同様で計12本の歯が生えています。これらの歯に加え、牡馬には切歯の隣に犬歯と呼ばれる歯が上下左右各1本ずつ、計4本生えています。すなわち、牡馬は総計40本の歯を持っています。これに対して、牝馬には犬歯が無く、総計は36本ということになります(まれに小さな犬歯を持つ牝馬もいる)。ちなみに人の場合は男女に関係なく32本の歯が生えています。馬のようにオスとメスとで歯の数の違う動物はきわめて異例といえます。
さてこれらの歯のうち、乳歯として生えてきて、それが生え変わって永久歯になるのは切歯と前臼歯だけです。犬歯と後臼歯は最初から永久歯として生え、決して生え変わることはありません。
乳歯が永久歯に生え変わるのを歯替わりといいますが、馬では3歳から5歳にかけて合計24本の歯が次々に生え変わっていきます。ここで問題となるのは、馬の歯替わりのピークが、ちょうど競馬のクラッシクシーズンと重なるという点です。歯替わりがスムースにいかないと、噛み合わせが悪くなり、飼い葉喰いが落ちることもあります。そうなると走るためのエネルギーを充分摂取することができなくなります。そこで厩舎は、大レースを控えた期待馬が歯替わりにあたってもコンディションを崩さないよう、万全の注意をはらっています。
■馬の歯は常に磨り減る
みなさんは芝生の草を食べたことはありますか?
口に入れても容易にはすりつぶせるものではありません。今度機会があったら試してみてください。
競走馬はその芝草と同じイネ科の牧草を大量に食べています。彼らの旺盛な食欲を見ていると、歯がすり減ってしまうのではないかと心配になります。実際、馬の歯は年とともにすり減っているのです。
私たち人間の他、肉食性あるいは雑食性動物の歯は象牙質を芯に、周りをエナメル質が覆った構造をしています。歯の表面を覆うエナメル質は、動物の体の中で最も硬い組織で、きわめて摩耗しにくい性質があります。
これに対して馬の歯では、表面をエナメル質より軟らかいセメント質が覆い、エナメル質は歯の表面には露出しない構造をしています。彼らの歯は、最初から摩滅を防ぐというつくりにはなっていません。子馬が成長して草を食べるようになると、じきに上下の歯が咬み合わさる面(咬合面)に、磨耗によって特定の模様が表れてきます。すなわち、歯がすり減った結果、セメント質、象牙質、エナメル質が年輪のようにならんだ構造が咬合面に表れるのです。硬い層と柔らかい層がならんだ表面構造は、いわばヤスリのような機能を持っているため、イネ科植物のかたい細胞質を効率よく破砕するにはとても都合がよいと考えられます。
馬の歯はこのように摩耗することを前提とした構造をしていますが、同時に、そう簡単には摩滅しつくされない配慮もなされています。まず歯茎から咬合面までの高さ(歯冠)が高いことがあげられます。すり減ってしまうまでには大分時間がかかるのです。また馬の歯は長期間にわたって伸び続けもします。
最初の構造を保ったまま、一生使いつづけようというのが人の歯であり、減ればその分補っていこうというのが馬の歯といえます。いわば設計思想が異なっているのです。
(競馬ブック 2008.11.9号 掲載)
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