競走馬の心  ドクター青木の“競走馬・走りのテクニック”Vol.15

 ≪ギャロップでは、同じ側の前アシと後アシが推進の主役。右手前のギャロップなら、左側の前アシと後ろアシだ。直進するウマから得られたデータが、それを教えてくれた。ウマは後輪駆動が定説だったから、この事実には驚いた≫
 これは前回の話。この事実を踏まえ、今回はウマが推進力を産み出すメカニズムを探ってみよう。

■前後のアシで異なる“原動力”

 「トモのケッパリ」。つまり後ろアシの推進力。それは、厩舎関係者が重視するポイントの一つだ。「前アシの掻き込み」を期待する厩舎人もいる。が、それは「トモのケッパリ」に比べれば、“付け足し”程度の期待だったはずだ。ところが予期した以上に前アシの推進力は効いている。それが事実なら、後ろアシのケッパリに加え、前アシの推進力を利用した「走りのテクニック」が求められる。ここで前回の実測データと文末のコメントを思い出して欲しい。
 ≪推進の主役である前後のアシを比べると、推進力の生まれるタイミングはやや異なっている。後ろアシは、蹄が着地した早い時期から、制動力が推進力に切り替わる。前アシは、着地の中間時点を過ぎて、ステップの後半に推進力が生まれている≫
 このタイミングの違いは、推進の「原動力」が前アシと後ろアシで異なるからだ。
 まずは後ろアシ。言うまでもなく、その推進機能の主な原動力は「筋力」だ。腰から大腿部を覆う巨大な筋群。ひとまとめにして「蹴筋」とも呼ばれる。これらの筋群は、蹄が着地する直前から一斉に活動を始める。さらに蹄の着地を過ぎても活動は続き、アシがほぼ垂直に立ち上がるまで活動する。この筋群が推進力を生み出す原動力。だから、後ろアシでは筋群の活動に合わせて、早い時期から推進力が生じるのだ。
 さて問題は前アシだ。そこには後ろアシの「蹴筋」のような筋群は見あたらない。では、その推進力はどうやって生み出されるのか。大胆に想像すると、それは「重力」が作るパワーに違いない。言い換えれば体重、つまり自重を利用した推進力だ。

■重力が作る推進力とは

 厚い木板を「アヒル」の形に切り抜き、そこに振り子のようにぶらぶらと動く2本のアシを取り付けたおもちゃ。プラスティックの胴体に、2本のアシがついた兵隊さんのおもちゃもあった。アヒルも兵隊さんも、下り坂に置くと、2本のアシを使ってトコトコと歩いて坂を下りる。電池やゼンマイなどの動力はない。子供の頃、こんなおもちゃで遊んだことがある人もいるだろう。おもちゃ自体の重さが、歩く動力になっているのだ。ヒトや動物が歩くときも、このテクニックを巧みに使っている。おもちゃとは違って、坂道でなくても、動物はそれができるのだ。今、注目を集めている二足歩行ロボット。だが、彼らはまだ、そのテクニックは使えない。
 私たちがリヤカーを引っ張るときも、自分自身の体重を利用する。自分の体を前方へ倒し、リヤカーのハンドルに体重を載せる。そこに大きな推進力が生まれるのだ。
 重力が生み出す推進力を実感できたところで、ギャロップでの前アシの推進力に話を戻そう。それは、ステップの後半、アシが前方に傾いた時点で生じる。ウマの重心が、支点となる蹄の上を超えて前に出る。そこに重力(体重)が働き、前向きのモーメントが生まれる。これが予想外に大きな前アシの推進力を生んでいるのだろう。

 筋力が作る後ろアシの推進力は、言ってみれば能動的だ。だから筋トレを目的とした調教や鍛錬は、「トモのケッパリ」の強化に直結する。いっぽう、重力が生みだす前アシの推進方法は、いわば受動的だ。筋トレだけでは、前アシの推進力を高めるのは難しいだろう。むしろ、そこには頭の上げ下げの巧拙が関係するに違いない。前アシが踏ん張っているとき、頭を低く構え、前方に伸ばせば、重心が前に出やすくなる。頭が高いよりも低い方が好まれる理由が、ここにもあるに違いない。

 競馬の騎手は、短めのアブミに踏ん張って、尻を浮かせて乗る。モンキー乗りとか、ツーポイント騎乗と呼ばれる。そのメリットは「騎手が反撞を受けにくく、ウマの背中にも優しい」と説明されている。それだけだろうか?
 アブミに立ち上がった騎手の重心は、ウマの重心よりも前にある。だから、騎手とウマの合体重心は、尻を鞍に付ける乗馬方法よりも総じて前にくる。それは、重力を利用する前アシの推進力増強にも貢献する。だからこそモンキー乗りは、競馬でのスタンダードとして世界中に広く定着したのだろう。

(競馬ブック 2008.11.16号 掲載)


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