競走馬の技体  馬博士楠瀬良の“競走馬のこころ” Vol.15

 今年の秋の天皇賞は牝馬が1、2着でした。この競走で1着になったウオッカは、ご存知のようにダービーにも勝っていますが、牝馬がダービー、天皇賞両方の競走を制したのは、実に70年ぶりのことです。まさにウオッカは女傑といえるでしょう。今回は牡馬と牝馬の競走能力に関する質問です。

女傑と限定レース

質問:天皇賞秋のウオッカには震えるほど感動しました。実は私、バツイチで現在シングル。20代で離婚したあとは仕事一筋の生活を送ってきました。ウオッカも言ってみればシングル、仕事一筋ですよね。この点は私と、お・な・じ。そのウオッカがジャパンカップにも出るかもしれないということで、今からわくわくしています。私は仕事では男性に負けないと思っていますが、悔しいことにゴルフのドライバーの飛距離は、男性にかないません。そこで質問ですが、馬の走る能力には男女差はないのでしょうか。お教えください。 (37歳 女性 競馬歴:13年)

答え:秋の天皇賞は、過去にヘヴンリーロマンス(2005年)やエアグルーヴ(1997年)が優勝するなど、比較的牝馬が活躍するレースといってもよいでしょう。今年は2頭の牝馬、すなわちウオッカ、ダイワスカーレットが1、2着を占めました。いくら牝馬が好走するレースといっても、このように牝馬が1、2着を占めたのは50年ぶりのことです。
 さて、牡馬と牝馬の走る能力の違いという質問ですが、結論的には、人と同じように馬でも明らかに牡馬のほうが牝馬よりも走能力に関しては優れている、とすることができます。天皇賞では牡馬は3歳であれば56kg、4歳以上であれば58kgの負担重量を背負います。一方、牝馬はそれぞれ2kg負担重量が軽減されます。すなわち牝馬は同齢の牡馬に比べて2kg少ない重量を背に、競馬を走ることになります。この2kgの斤量差がなければ、今回のウオッカの優勝も微妙なものだったかもしれません。
 牡馬が牝馬にくらべて走能力が優れているという事実は、競馬番組にもあらわれています。先日おこなわれたエリザベス女王杯は、文字通りその年のサラブレッドの女王を決めるレースといえますが、このレースへの出走は、もちろん牝馬に限定されています。このように出走が牝馬に限定されるレースは、桜花賞、オークスなどいくつもあります。それに対して、牡馬限定レースは現在のJRAの競馬には1レースもありません。皐月賞でも菊花賞でも牝馬の挑戦は許されるのです。
 さて、レースを特定のカテゴリーの馬に限定するというのは、そもそもそのカテゴリーに含まれる集団を守るという思想のあらわれといえます。かつてJRAの競走には九州産馬限定や東北産馬限定のレースが組まれていました。しかし時代とともに保護の必要性が薄れたり、守るべき弱者が弱者でなくなったりして、そうした限定レースは廃止されてきました。
 弱者が弱者でなくなったことで廃止された限定レースの嚆矢は、父内国産馬(父親が日本生まれの種牡馬)限定レースといえます。この限定レースは昨年すっかり廃止されました。今や日本の競走馬の4割が内国産種牡馬の産駒であり、外国産種牡馬の産駒と十分比肩しうる存在になったということです。
 話しが少しずれてしまいましたが、何はともあれ競馬における牝馬限定レースの存在は、牡牝の間の走能力の差の反映とすることができるのです。

■競走能力の性差

 さて、一般的に哺乳動物のメスはオスに比べて走能力や跳躍力は劣ります。このことは、人の陸上競技の世界記録を見ても明らかです。男子陸上競技100mの世界記録はボルトの9秒69なのに対して女子はジョイナーの10秒49で、0.8秒の差があります。また、エネルギー消費の面で競馬に最も近いとされる800m競走の世界記録は、男子が1分41秒11であるのに対して、女子は1分53秒28で約12秒の差があります。
 哺乳動物の、こうしたオスとメスの走能力の差は、主に筋肉の違いにあるとされています。体幹部の筋肉の総重量はメスのほうが明らかに少なく、逆にメスの筋線維のほうが、オスの筋線維よりも水分を多く含んでいます。また持久力と深く関わる最大酸素摂取量(単位時間内で体に酸素を取り込める能力の限界)もメスのほうが劣ります。さらにメスの心臓はオスよりも小さく、血液量も明らかに少量です。
 動物には成長の途中で性ホルモンの分泌が急にさかんになる時期が存在します。もっぱらオスは男性ホルモンと呼ばれるアンドロジェンの作用で、またメスはエストロジェンの作用で上述した生理学的な性差が目立ち始めます。そうした性差が運動能力の差として明らかになるのは、競走馬では2歳の秋を過ぎたころといえます。実際、2歳の10月以降、競馬では負担重量に牡と牝の間で1kgの差をはじめてつけます。さらに、3歳の9月からはこの差は2kgとなります。
 さて、ウオッカですが、牡馬と競走するときはハンデをもらっているとはいえ、その強さは本物です。彼女もやがて繁殖入りしてきっと強い子を産むに違いありません。
 質問者のお嬢さん。失敗を恐れず再度チャレンジするのも一つの選択肢ではありますぞ。ちなみに私には妻子がいます・・・。

(競馬ブック 2008.11.30号 掲載)


Back